【やさしい猫の実話】よその人が来ると隠れて出てこない。自分を拾ってくれた家の父親と相思相愛になった猫
「猫がいてくれるから」がんばれる。救われた。毎日が楽しい……。そんな猫たちとの暮らし、出会いや別れなどの実話を集めた本が話題です。その中から、エピソードをひとつ紹介しましょう。自分を拾ってくれたその家の父親にとてもなつき、父親亡きあとは、残された母の支えになった猫の話です。
父の相思相愛猫のチャコ
よその人が来ると隠れて出てこない。
そんな警戒心の強い猫を、いるかいないかわからないという意味で、〝まぼろしの猫〟と呼ぶ人もいます。
保護した成猫などは、飼い主に対してもなかなか心を開かないこともあり、ごはんを食べるとき以外、ひっそり隠れているというケースもあると聞きます。
だからといって、そういった猫がずっと人から隠れているわけではなく、気長に真摯に世話を続けていれば、だんだん警戒心を解いて、心を開いてくれることが大半です。
しかも、人見知りだったり警戒心が強い猫ほど、一度心を開くと、その相手をとことん信用し、愛してくれる傾向があるようです。
警戒心の強い猫は、愛情を与える範囲は狭いのですが、その分とても深いといえるでしょう。
そして、そういう猫の姿を見て、「私だけが頼りにされている」と喜びを感じる飼い主さんも多いはず。愛されるとさらに愛したくなりますよね。
嬉々として猫に貢献する飼い主さんは、このようにして誕生するのでしょう。
人見知りで臆病だった子猫は、自分を拾ってくれたその家の父親にとてもなつき、常に行動をともにしていました。
父親が病に倒れたあとは、残された母の支えになりました。
老夫婦と猫が交わした愛情の物語をお届けします。
名前 チャコ
年齢 享年17歳
性別 メス
種類 ミックス(キジトラ)
性格 人見知りで警戒心が強い、 なれると甘えん坊
特技 朝の4時ぴったりに飼い主を起こすこと
好きなもの ・刺身(とくにマグロ) ・椅子に積んである座布団
庭で寝ていた子猫を父が発見
「庭に猫が落ちてて、そのままうちの子になった」
実家の母からそんな電話を受けたのは、ある年の梅雨ごろだったと思います。
私は社会人になって5年ほどは実家で暮らしていましたが、その電話の2年ほど前からひとり暮らしを始めていました。
前年の大晦日、それまで飼っていた猫が15歳で大往生。実家ではずっと猫を飼っていたこともあり、還暦過ぎの両親にとって猫のいない半年は長く感じられたようで、さびしがっていた矢先の出来事でした。
実家は昔からの集落にある庭つきの広い家で、庭に物置や車庫といった建物が建っています。その車庫の一角に、古い座布団が重なって置かれていました。
父が畑から帰ってきて、その座布団の上にすやすや寝ている子猫を発見したそうです。
目が覚めた子猫を「来い来い」と呼んだら、あとをついてきた。
土間で「上がれ上がれ」と声をかけたところ、ぴょんと家に上がった。
前の猫のごはんが残っていたのであげたら、モリモリ食べた。
そして、そのままうちの子になった......というのが、母の説明でした。
「自分が見つけたせいか、お父さんがかわいがっちゃって、かわいがっちゃって」
お父さんが「チャコ」と名前をつけたよ。母はそう笑っていました。
うちが猫を亡くしたことを知った誰かが、子猫を庭に置いていったんじゃないか。
私の冷静な部分はそう判断していましたが、「落ちていたよ」「お父さんが拾ったよ」ときゃいきゃいうれしげに話す両親を見ていると、そんなことはどうでもよくなりました。
ところが、このチャコ。なかなか一筋縄ではいかない猫でした
とにかく警戒心がめちゃめちゃ強い! チャコと対面すべく実家に顔を出しても、まったく姿を見せないんです。
何回かくり返すうちに、私が1〜2泊すると「まだいるのかよ」みたいな顔でしぶしぶ姿を見せるようになりました。といっても、私がいる場所を迂回して、わざわざ遠回りして歩くような距離感でしたが。
チャコが来て2年後、私は結婚。夫も実家に顔を出すようになりましたが、チャコはやはり姿を現しません。たまに見かけると、「今日はチャコを見たよ」と夫から報告されるほどでした。
父と母にはよくなついていました。とくに父です。
当時の父は、体をこわしたこともあって会社を早期退職。自分たちや親戚で食べる分の米や野菜を作ったりして、比較的時間に余裕のある生活をしていました。
パートを続けている母よりも、家にいる時間は長かったのです。その分、チャコと過ごす時間もありました。
チャコは常に、ちょこちょこと父のあとを追いかけていました。父がソファで座ってい れば自分もその横に寝転がっている。食卓では父の椅子の近くに陣取る。父が庭で植木に 水をやっていれば周囲をうろちょろしている......。
父も父で、チャコの姿が見えないと「チャ〜コ、チャコ」と呼び回ります。
その声は、隣家のおばさんが、「お宅のお父さんのあんな声、聞いたことない」と笑うほどのやさしい声でした。
「チャコはお父さんが見つけた、お父さんの猫だから」
母の言葉に、父もまんざらではなさそうでした。
実家ではずっと猫を飼っていたといっても、会社勤めだった父はどうしてもふれ合う時間が短くなります。どちらかというと祖母や母になつく子が多かったのです。
父からすれば、チャコは晩年になってようやく巡り合えた〝自分の猫〟だったのでしょう。チャコの話をする父はいきいきとして、1人と1匹はまさに相思相愛でした。
父母もいっしょに旅行や外食に行くと、父はいつも「チャコどうしてるかな」「チャコ が待っているから早く帰ろう」と、チャコの心配をしていました。
帰宅すると、チャコはアオンアオンと文句を言いながら姿を現します。さしずめ「アタシの父ちゃん連れてどこ行ってたのよ 」というところでしょうか。
そんなとき私たちはチャコに、「ごめんごめん」となぜだか謝っていました。