50代のひとり旅は頑張らなくていい——神戸のホテルで味わった“極小の旅”の満足感【岸本葉子さん】
父は亡くなるひと月ほど前から入院していて、その状態がずっと続くのか、今日明日にも変わるのか、皆目わからない状況でした。もし退院することになっても家での介護はもう無理だから施設の入居願いを書くよう、ケアマネジャーさんに言われて、父のベッドサイドで用紙を記入。他方、心苦しいことながら、もしものときの葬儀会社も当たりをつけておかないといけないので、病院から帰るとパソコンで検索。そんな状況なので松山の仕事も、前もって取り止めておいた方がいいのか、けれども前々から準備してもらっているから、このまま行ければ迷惑はかけずにすむしと、迷いに迷っていました。
結果的に臨終の日も葬儀の日も外れ、行くことができたわけですが、あまりに直後だったせいか、松山での記憶がほとんどないのです。かすかに思い出せるのは、松山空港行きのバスターミナルで、切符を握り締めて並んでいたこと。用事がすんだらただちに帰る癖は、介護のときのままでした。お骨もまだ家にありましたし。
旅の本なのに、いきなり葬儀とかお骨とか、すみません(再び)! でも50代の方なら、手にとるように想像がつくと思います。家族のことで綱渡りするような経験を、何かしらしている方は多いでしょう。他の本でならここまで書きませんが、この本の読者には共感していただけるかと、記す次第です。
その「綱渡り」がなくなっていることに突如気づいたのが、神戸でした。父の死去からひと月後のこと。
ひと月に松山、神戸と、ずいぶんよく出かける人だなと思われるかもしれません。たしかに、コロナ禍でリモートが普及する前は、行って用事をすることが今より多く、また、そういう用事は、続くときは続くものなのです。そのときも木曜の夜、神戸に着いて、金曜の午後まで用事。翌土曜の午後は大阪で用事がありました。
神戸の用事がすんだら、いったん帰るつもりでいました。それまでの癖です。が、急ぎ駅へ向かおうとし、地下鉄だと時間がかかりそうだからタクシーでと、鼻息荒く空車を探していて、ハタと気づいたのです。
何もこんな追われる人のように慌ただしくこの地を離れなくても、いいのでは。神戸にもう1泊したところで、今の私は誰に迷惑をかけるわけでもないのだと。
1泊し神戸から大阪に行く方が、体は断然楽です。帰りの新幹線の中で大阪の用事の準備をするつもりで、必要なものは鞄(かばん)に入れてきています。
泊まっていたホテルに幸い空室があるとのこと。ホテルへUターンし、もう1泊しました。それがどんな「旅」であったかは、次項に述べます。ひとことで言うならば、極小の旅でした。若いときのひとり旅のように欲張らなくても充分満足でした。
その意味で、旅のコスパは、再スタート後上がったといえそうです。
