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愛犬が認知症と診断されて、悲しいというより、なぜかうれしい気持ちになった。「本当に長い間、私たちのそばにいてくれてありがとう」【雑種タロの実話 前編】

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三浦健太

「タロが唸るなんて珍しいな」
私はコーヒーのカップを片手に縁側へ足を運びました。
「お、おい! みんな! みんな来てくれ!」
私の大きな声に妻と息子は大急ぎでやって来ました。庭には唸り声を上げな がら暴れているタロと、半年前よりも広い範囲で荒らされた芝生。そして割れた鉢植えの数々が辺りに転がっていました。

うろたえる妻、その妻にうろたえる息子。私は庭へ飛び出して、唸るタロの首根っこを押さえながら怒鳴りました。
「タロ!何をしているんだ!? ダメだろう!こんなことして!」
その瞬間、タロは予想外の行動に出たのです。タロは鬼のような形相で唸り声を上げ、その牙をむき出しにしたのでした。

「きゃーっ!」
「お父さん!!」
私は思わずタロを振り払いました。タロは地面に倒れ込みました。
「タロ! 大丈夫か!?」

駆け寄ってタロを抱き上げると、そこにはいつもと同じ温和なタロがいて、「クゥ〜ン」と甘えたような鳴き声ですり寄って来るのでした。あんな恐ろしい目に遭ったのに瞬時にタロに駆け寄れたのは、あのタロの姿が信じられず、異世界にでも放り込まれたような不思議な感覚だったからなのかもしれません。

しかしそこは異世界でもなんでもなく、現実だということを見せつけられました。やがて、タロが庭を荒らすことも、私に唸り声を上げることも毎日のこととなり、日に何度も繰り返されるようになりました。庭を荒らしているタロは、もう別の犬のように感じられ、やめさせようと思って「イケナイ」と言うだけでも、あの鬼の形相で唸り声を上げて威嚇してくるのです。原因はわかりません。ただ唸るばかりで、かみついたりはしてこないのが救いでした。私は庭に転がった鉢植えと、もう取り返しがつかなくなった、芝生のあった場所をぼうぜん呆然と見つめていました。

それから数日後、タロは花がむしり取られて庭に転がっていた、まだ割れていない素焼きの鉢をかじっていました。壊そうと思っているのか、かじったり、引きずり回したりしていました。タロも既に15歳を超えていたので、かむ力は相当弱くなっているようで、歯で砕くことはできずにいました。ただ時間をかけてかむことによって、少しずつ縁が欠けていっています。そしてその細かい欠片をペロペロとなめ始めたのです。「ダメ」と言おうと思ったのですが、あの鬼の形相を思い出し、声をかけることを躊躇してしまいました。

こんなことが何日も続きました。そして、そのうちタロは散らばった素焼きの鉢の欠片をおいしそうに食べ始めたのです。いくらなんでもそれは体の内側が傷ついてしまうと思い、止めに入りました。

「やめなさい!」

私が首輪をつかんで地面から引き離した瞬間、鈍い痛みが右腕に走りました。タロが私をかんだのです。今までイタズラの甘がみさえしたことのなかったタロが、私にかみついてきたのです。顔から血の気が引いていくのがわかりました。もう老犬でかむ力は弱くなっていますので、血がにじむ程度で大事には至りませんでしたが、ショックを受けるには十分な出来事でした。

「これは普通じゃない。変だ。きっと何かが起きているんだ!」

胸騒ぎがした私はタロを連れて動物病院へ駆け込みました。はじめの芝生の 一件から、素焼きの鉢を食べ、腕にかみついたことまでを細かく説明しました。先生の答えはたった一言でした。

「認知症ですね」
「に、認知症!? 犬がですか? 犬が認知症になるんですか!?」
「犬にも認知症はあります。特に和犬系の高齢のワンちゃんに多く出やすいんですよ」
「私はどうしたらいいんでしょうか」
「とにかく大事にしてあげてください」

先生の診断を聞いて、私は悲しいというより、なぜかうれしい気持ちになっていました。そんなになるまでの本当に長い時間、タロは私たちのそばにいてくれたのです。

「ありがとう、タロ」

後編に続く

※この記事は『犬がそばにいてくれたから』(三浦健太著 主婦の友社刊)の内容をWEB掲載のため再編集しています。

犬がそばにいてくれかたら

三浦健太著
主婦の友社刊

愛犬家なら誰もが直面する犬の老いと死。「愛犬のために何ができたんだろう?」。そんな思いからペットロスに陥る人も多い。
本書には、実話をもとに著者が執筆した、老いゆく犬と飼い主の物語を9話収録。「犬の老いについて学ぶことで、愛犬が元気なうちからできることがたくさんある」と著者。確実に人間よりも早く老いる犬のことを理解し、今、犬とかけがえのない幸せな日々を過ごすための本でもある。
犬を亡くした経験がある人は勇気づけられ、現在、老犬の介護をしている人の心の支えになり、いま元気な犬を飼っている人には来るべき愛犬の老後に関する知識を深められるはず!

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