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80歳の元ミス日本代表・谷 玉惠さんが今だから赤裸々に綴る【私小説・透明な軛(くびき)#1】

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谷 玉惠

今年の夏、80歳を迎えた元ミス・インターナショナル日本代表、谷 玉恵さん。年齢を感じさせない凛とした佇まいは、今も人を惹きつけます。そんな谷さんが紡ぐオリジナル私小説『透明な軛(くびき)』を、全6回でお届けします。第1回は「完璧な食卓の向こうに」。何もかも満たされた暮らしに見える知香の人生に、夫のある朝の行動が影を落とします——
※軛(くびき)=自由を奪われて何かに縛られている状態

#1 完璧な食卓の向こうに

にんじんサラダ

4月に入って間もない日曜日、午後の空はさわやかに晴れわたっている。
この日、佐山知香は5人の若い友人を自宅に迎えることになっていた。

テーブルセッティングは予定どおり進んでいる。知香と夫の秀雄をあわせて7人分の食器、ワイングラス、フォークとナイフに花柄のペーパーナプキン。まるでインテリア雑誌から抜け出たような華やかさだ。

知香が作った料理は一品だけ。にんじんのサラダだ。30代の初めに1年間フランスへ留学したときに、大家のマダムに教わったものである。にんじんを包丁で千切りにすること、にんにくをみじん切りにすることが大切で、ドレッシングには少し甘みを加える。唯一自慢できるサラダだった。これ以外の料理はすべて秀雄が作った。

借家暮らしから分譲マンションの内覧に行ったとき、14〜15畳はある広いリビングが気に入って即決したのは、「大きなテーブルを置く」という知香の長年の夢があったからだ。葉山にドライブした折に見つけた木目の大きな輸入テーブルをわざわざ取り寄せて、そのテーブルに合わせて床をフローリングに直したほどだ。

今日の客は、知香と秀雄の共通のテニス友だち。30代と40代のカップル、シングルの女性の5人だ。到着の頃合いを見計らって、鰯の香草焼き、チキンとポテト、にんにくたっぷりのフランス田舎風鍋料理を出す手筈も整っている。赤ワインは安くておいしいと評判のチリ産カベルネ・ソーヴィニヨン、白ワインはシャブリのプルミエ・クリュ。友人たちもワインを持ってくることになっている。

テーブルの準備は一段落し、知香はキッチンをのぞいた。秀雄は鍋料理の材料やオーブンの点検などに余念がない。そのリズミカルな動きは一流レストランのシェフのようで、見ていて心地よくなる光景だった。

「彼の料理は、今日もきっとほめられる。短期間にこれほど腕を上げるなんて……」
そんな思いが胸に浮かぶ。

来客の時刻は迫っていた。玄関のドアロックを開けに行こうとしたとき、秀雄が振り向いて言った。
「準備はすべて整ったよ。BGMは何にしようか」
「ありがとう。曲はおまかせ」
そう答えながら、知香は彼がお気に入りのオーディオセットに目をやった。
そしてふと、3年前のあの出来事が頭をよぎった。

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