80歳の元ミス日本代表・谷 玉惠さんが今だから赤裸々に綴る【私小説・透明な軛(くびき)#1】
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谷 玉惠
胸騒ぎから確信へ
ヨットハウスには、必要な用具一式のほか、知香のライフジャケットや靴も置いてある。毎週のように同僚とヨットに出かけることが続いた日、牽制球を投げたことがある。
「女でも連れて行って、私のものを貸したら承知しないからね」
「そんなことあるわけないよ」
夫はいかにも心外だという顔をしていた。
当てずっぽうに言ってみただけだったが、的を射ていたようだ。
もう一度、写真を見直してみた。飲み会でのツーショット、ヨット、スキー……、すべて同じ女だ。
なにもあるはずはないとたかを括っていたものの、やっぱりそうだったのかという思いと、はっきりさせたいという焦りが複雑に絡み合う。
確信に変わっていく胸騒ぎを抑えきれず、今年の年賀状を調べてみた。夫は日頃あまり多くを語らない。職場の話を思い出しながら、賀状の文面から2人の候補を選び出した。
体が冷たくなっていることに気がつき、エアコンを止めた。妻が自分の引き出しを開けるかもしれないという思いが全くない夫の無防備さが滑稽だった。
夫は有給を使って夏休みを延長してまで出かけたのだから、彼女も今日は休みをとっているに違いない。よく話に出てくる受付嬢かもしれない。
時計を見ると8時だった。夫が出かけてから2時間も経っていたのだ。少し早いが誰かはいるだろう。院長夫人が出てしまうかもしれないが、一か八か、やるしかないと思った。
意を決して病院に電話をかけた。何度かかけたことがあるから声を変える必要がある。
「品川整形外科クリニックです」
院長夫人ではなさそうだ。
「岩本さんいらっしゃいますか?」
「はい。私ですが」
しまった! 受付嬢ではないのか。そうなると看護師だ。慌てて切り替える。
「あ、あの、では中田さんという方は今日は……」
「休みですが」
「中田さんって、メガネをかけて前髪を下げている方かしら?」
「はい。そうですが、何か?」
怪訝そうな声が返ってきた。
「あ、いいえ、すみません」
電話を切った手が震えて心臓がドキドキしている。佐山の妻と気づかれたかもしれない。
もう一度、「中田美喜」と書いてある年賀状を見つめた。やっぱり休んでいた。この女に間違いないと確認した。
仕事に行く時間が迫っている。だが、このままでは気持ちが収まらない。置き手紙を書いた。
「ついに発見! どうなるかわかっているでしょうね! 帰ったら仕事場に電話しなさい!」
二人が写っている写真をすべて、賀状を囲むようにしてテーブルに並べた。
震える胸を抱えながら出勤の支度を始めた。
——今すぐにでも夫と話をしたかった。
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