「大人になったら絵描きさんになりたい」幼少期、ヤマザキマリさんが母から言われた言葉とは
『最後の講義 完全版 漫画家・文筆家・画家 ヤマザキマリ』(主婦の友社刊)で、「表現」と「自由」の深い関係について語ったヤマザキマリさん。まだ小学校に入る前に「絵描きになる」と口にした彼女に、母が返した意外な言葉は——。それに対するヤマザキマリさんの返しもまた秀逸。「表現して生きること」の厳しさと覚悟が垣間見える、印象的なやりとりを抜粋してお届けします。
表現することは孤独や貧困がセットでついてくる
子どものころから必然的に絵ばかり描いていました。それは決して絵を描くことが好きだからではなく、絵を描いていると自分の中にある閉塞感や孤独に対する恐ろしさから逃げることができるからだったという話は先ほどしました。必然で描いているのだけれど、それを“好き”だと自分自身が思い込んでしまったところもあります。
まだ小学校に入る前、母親に「私は大人になったら絵描きさんになりたい」と言ったことがありました。母親は、昭和ひと桁生まれの戦中派でヴィオラ奏者。しかも夫とは死別。当時にしては珍しく手に職をつけて自分で自分を養っていた人です。
そういう母親ですから、最初から私が絵描きになりたいという気持ちを否定することはありませんでした。だけど、不安は不安だったようです。彼女がまず私に対してやったことは、「絵描きさんになりたいの? じゃあこの本を読んでごらん」と、『フランダースの犬』という本を書店で購入して帰ってきました。
みなさん、知っていますか? 1975年にアニメ化された19世紀のイギリスの児童文学です。
フランドル地方の寒村で絵描きをめざしていた少年が主人公なのですが、彼は細々と牛乳を売って生計を立てているおじいさんと一緒に暮らしていました。この少年は非常に絵心があるのですが、とても不遇な状況下に置かれていたので、その絵の才能を発揮することができないわけです。いろいろとチャンスもあったのですが、貧乏が理由で上達させられない。
おじいさんも亡くなり、愛犬パトラッシュとともになんとか暮らしていましたが、村の火事の冤罪(えんざい)まで着せられ、もう心身ボロボロ状態です。ラストは、街の大聖堂にあるルーベンスの祭壇画前でクリスマスの日に犬とともに凍死してしまうというとても悲しいお話です。
それを母は「読んでごらんよ」と私のところに持ってきたのです。母は「絵描きさんになりたいって大変よね」と本を読み終えた私に言いました。
