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80歳の元ミス日本代表・谷 玉惠さんが今だから赤裸々に綴る【私小説・透明な軛(くびき)#1】

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谷 玉惠

3年前 — 疑惑の朝 

その朝、目覚まし時計のかすかな音で知香は目を覚ました。

隣で寝ていた夫が身を起こしたようだ。夏休み最後の日、彼は一人で海に出かけるという。結婚してから休暇は二人で過ごしてきたのに、今年は7日のうち5日しか一緒ではなかった。

知香はトイレに行くために起き上がった。もうひと眠りしようと寝室に戻る途中、リビングでジーンズに足を通している夫の姿が目に入った。いつもと違う気がした。目を合わせようともせず、よそよそしい感じがする。悪さをした子が母親にバレないよう体を硬くしているようにも見える。見てはいけないものを見たような気がした。——夫は何か隠し事をしていると直感した。

「じゃ、行ってくるからね」
いつもと変わらない声がする。
「うん」
わざと寝たまま返事をし、送っては行かなかった。
玄関のドアの閉まる音。外から鍵をかけている。時計を見ると6時だ。仕事に行くまでにまだ3時間はある。胸騒ぎがして、とても眠ってはいられなかった。

リビングには、夫が大切にしている数百万円の高価なオーディオセットがある。そのセットを乗せている台の引き出しには、給与明細や保険証書、写真や書類の控えなど、彼のものが収められていた。今まで触れたことのないそのその引き出しに、パジャマ姿のまま手を伸ばした。

ここ半年、夫は一人で外出や食事をしてくることが多くなっていた。いつも一緒に行動していただけに、割り切れない寂しさがあった。以前なら休暇の予定を一緒に立てるのを楽しみにしていたのに、今年ははっきりしない。時々探りを入れてみるが、夫はニコニコしながら何事もないという顔をするので、湧き上がる不信感はそのつど収まっていた。  

しかし、今日の態度は違った。確証をつかまなければ——。

まず出てきたのは職場の写真。夫は品川にある整形外科クリニックで理学療法士をしている。病院の前で院長夫妻を囲んでスタッフと一緒に撮った集合写真があった。若い人ばかりでまとめるのが大変だと夫は言っていたが、確かに若くはつらつとした顔が多い。主任としてまとめ役である41歳の夫の姿は頼もしく見えた。白の上下のユニフォームが格好いい。他にも看護師や受付の人たちと4、5人で撮ったもの、男性スタッフだけの写真、飲み会でうれしそうに笑っている夫と若い女性のツーショット……。

さらに、職員で行ったスキー旅行の写真。自分のスキー板の間に女性の板をはさみ、彼女の背中を自分の胸に合わせて滑っている。初めてスキーをした知香のためにしてくれたのと同じだった。北海道育ちでスキーが得意な優しい夫ならではだと、ほほえましく思いながら見ていたが……。

職場の同僚と二人で所有しているヨットをバックに女性と二人で写っている写真が目に入った。隣にいるのは同じ女性。よく見ると、女が履いている短パンは夫のものだった。途端に「この女だ!」と直感した。

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