60代でUターン移住。自身の老後を見据えた、50平米・1LDKのコンパクトな平屋に迎えたものは?
人生の後半戦、“自分サイズ"を見直して、シンプルかつコンパクトに暮らし替えをされた方を紹介する「小さい暮らし」の見本帖。今回、登場いただくのは、作家のこかじさらさん。後編では、「人生を豊かにするのは ものではなく経験や時間」という今の暮らしについて伺いました。
▼前編はこちら▼
>>60代で選んだ終の住処は、玄関から見渡せる50㎡・1LDKの平屋「両親の介護から学んだ、これからの暮らし」人生を豊かにするのは、ものではなく経験や時間
建築費を予算内に抑えるためにシンプルな間取りを心がけ、廊下をつくらずワンルーム仕様に。以前有楽町にあった「無印良品の家」のモデルハウスを見るのが好きだったというこかじさん。そのイメージをもとに、介護施設や病院で採用されている「段差がない」「扉はすべて引き戸」「ヒートショック対策の浴室暖房」などのプランを盛り込んだ。建築は同級生が営む地元の会社に依頼。こかじさんが方眼紙に描いた間取り図を見せたところ、その精度に驚かれ、そのまま採用になった。
「頭の中に完成時のイメージが出来上がっていたので、床材や壁材などはほぼ即決。現場監督には仕事がはかどると感謝されました(笑)」
東京からUターンしたタイミングで、「会社員ではなくなったのだから、ヒールの靴もA4サイズの革のバッグもロングコートも不要」と多くのものを手放してきた。その一方で、実家には母が買い込んだ食材が「運動部の合宿所ですか!」というほどあふれかえっていたそう。新居は必要最小限のもので暮らすことを前提に、収納場所を考えて設計したため、すっきりと暮らすことができている。
「父や叔父が亡くなったとき、今さらながら人は裸で生まれ裸で死んでいくのだと思いました。人生を豊かにするのはものではなく、積み重ねた経験や出会った人たちとの時間です」
管理が行き届く小さな住まいによって、将来の不安も軽減。介護で疲弊していた日々の先に、心からくつろげる新居での暮らしが待っていた。
「手放したもの」はなんですか?
クソ娘で上等!「もう無理」と思った母との関係を手放して
著書『実際に介護した人は葬式では泣かない』(双葉社)には、認知機能が衰えてから特に攻撃的になった母の様子や、幼少期から続いた母への違和感が綴られている。「もう無理」と思った決定的な出来事を機にこかじさんは母に決別の手紙を送り、施設に面会に行くことをやめた。
「モノ」より「コト」に お金をかけるタイプ。新居への引っ越しで手放したものは特になし
「もともと“モノ”より“コト”にお金をかけるタイプ。バブル期もブランド品には興味はなく、旅行や人と会うために稼ぐという生活をしていました」。
新居への引っ越し前に「捨て活」は必要なく、タイやバリ島などの旅先で求め、長く愛用してきた品々が新生活を彩っている。
「やめたこと」はなんですか?
会社員ではなくなった今、気の進まない集まりには出ないと決めています
「仕事上、イヤでもいろいろな人とつき合わなければならなかった会社員時代。自由の身となった今は、『面倒くさい人とはつき合わない』『気の進まない集まりなどには出ていかない』と決めています」。介護が落ち着き、最近は心おきなくつき合える友人との時間を楽しめるように。
