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82歳、元教師。認知症と診断されても「考えて新しく生き直そう」と希望を持てるワケ

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ゆうゆう編集部

「今できることを楽しみたい。私は私、認知症であっても何もできなくなるということはない」。柔和な笑顔でこう語る春原治子さんは、認知症希望大使として新しい認知症観を体現し、世間の誤った固定観念を打ち破る活動を続けています。

お話を伺ったのは
春原治子さん 認知症本人大使「希望大使」
はるはら・はるこ●1944年生まれ。長野県上田市在住。小学校教諭を38年間務める。定年後は民生委員やボランティアなど地域活動に勤しむ。73歳のときアルツハイマー型認知症と診断される。講演会や地域活動を通して当事者の声を発信。2020年に国から「認知症の希望大使」に任命される。2025年タイに招待され講演などを行う。1男1女を育て、孫5人。

元教師として培った地域との絆が支える日常

定年まで38年間小学校教師を務めた治子さんは、退職後も地域活動に積極的に参加してきた。民生児童委員を8年間務め、主任児童委員として小学校であいさつ運動の標語を作成し、登り旗にして全地区に配るなど、子どもたちとの関わりを大切にしてきた。
「学校の先生だったので、保護者や生徒さんの知り合いが多いんです。どこに行っても『治子さん』って声をかけてもらえて」とは春原さんをサポートするパートナーの櫻井記子さん(写真左)。

地域づくりセミナーで認知症について学んだ知識があったため、診断を受けても動揺することはなかった。むしろ、すぐに仲間に公表し、「私が認知症になる前のことも地域の人が知っているから、引き出してくれるんですよ」と感謝する。

現在は息子家族の家の離れで一人暮らし。週3日はデイサービスを利用し、「お風呂に入ってキレイになってからカフェに来る」のが楽しみだ。月1回の子ども食堂では100人が来店し、治子さんは受付やおはぎのパック詰めなど、座ってできる仕事を手伝う。

「考える力はある」新しい認知症観を発信

認知症が中盤期に入り、3分前のことは忘れてしまう治子さんだが、「『人間は考える葦である』とパスカルが言ってますよね。昨日のことは忘れてますよ、でも考える力があるんです」と力強く語る。
懇談会やボランティア、デイサービスなど公私のスケジュールがぎっしり詰まった毎日。予定は支援者や仲間が紙に書いて渡してくれるので、それをカレンダーに貼ったり転記して管理している。
「忘れるのが仕事みたいなものですから。『私認知症だからごめんね』って言うこともありますが、昨日のことは忘れてもいい。忘れても考えて新しく生き直そうって思うんです」

オレンジサロンに来た認知症の人に、治子さんはいつもこう声をかける。「毎日新鮮、新しく生きましょう。ワクワクだらけですよ」。

古い認知症観からの脱却を目指して

治子さんが特に強調するのは、認知症になっても本質は変わらないということだ。「明るくて、おしゃべりで、人を想う気持ちが強い。目が覚めれば新しい朝。人間性が変わることはありません」。
従来のメディアの描き方について、支援者の櫻井記子さんも疑問を投げかける。「認知症になったら支えてもらうしかない、マスコミは古い考え方です。家族も認知症観を学び直しをしてほしいですね。治子さんと話して『心が解けました』『自分は変わってないと知れました』という相談者を何人も見てきました。当事者の声、対応がどれほど温かいか実感しています」と治子さんの活動の意義を語る。
「認知症になってもおしまいではない。安心があれば自分らしくいられる。そのことを伝えられる人が治子さんなんです」

2025年にはタイでの国際ヘルスケア学会に招待され、「認知症になっても自分自身は変わらない」というメッセージを各国の研究者に伝えた治子さん。「頑張らなくちゃ。私の使命ですね」と満面の笑みで語る姿には、新しい認知症観を体現する希望の光が宿っている。

撮影/佐山裕子(主婦の友社)

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