親を亡くした悲しみが消えないあなたへ…【禅僧・枡野俊明さん】が教える「心の中でできること」
今回は、7年前に大好きだったお父さまを亡くしてから後悔してばかりという女性からの相談です。禅僧・枡野俊明さんが仏教における死の意味とともにアドバイスします。
「開門福寿多(門を開けば福寿多し)」
自ら門を開くことで福を招き入れようという禅の言葉です。
<今月のテーマ>
大好きだった父が恋しい。親の死を乗り越える方法は
父が亡くなって7年。私は子どものころから父が大好きだったので、今でも父を思うと涙が出ます。もっとこうしてあげたかった、話したかった、聞きたいこと、教えてほしいこと、たくさんあるのに……。考えれば考えるほど悔やんでしまいます。
人間の死は二度ある。生命の死と記憶の死
死とはなんでしょう。多くの人は「生物としての死」をイメージすると思います。心臓が止まり、生命活動が停止することを、私たちは「死」と呼びます。
けれど仏教における死は、それだけではありません。仏教では、人間の死は二度あると言われています。二度目の死とは、残された人たちの心から消えてしまうことです。
私たちは親しい人を失ったあとでも、折に触れてその人を心に思い浮かべます。重大な選択の場面で「もしこの場にあの人がいたら、どんなアドバイスをしてくれただろう」と想像したり、「あの人はこういうことを大切にしていた。自分も見習おう」と思ったりすることはないでしょうか。故人の形見を身につけることで「いつもいっしょだ」と思うこともあります。その人を知らない子や孫に「おじいちゃんはこんな人だった」と話すこともあるかもしれません。
よく「あの人は私たちの心の中に生きている」と言いますが、こういう小さな積み重ねの中に、亡くなった人は生き続けるのです。
宗教というものはまさにその代表と言えるでしょう。仏教は、約2600年前のお釈迦様の言葉を世界中で語り継いでいます。キリスト教は約2000年前のイエス・キリストの言葉を、イスラム教は約1500年前のムハンマドの言葉を現代に継承しています。人が亡くなったとしても、その思いを受け継ぐ人がいる限り、その存在はけっして消えることはありません。
