「徹子の部屋」出演!92歳・カオリ・ナラ・ターナーさん「老後資金は1,000万円だけ残し、あとは人のために使っちゃいました」【ターニングポイント#1】
公開日
更新日
佐藤望美
「徹子の部屋」に登場した、ヘアメイクアップアーティストのカオリ・ナラ・ターナーさんのターニングポイントをご紹介します。4回に分けてお届けする第1回。90代で今もなお現役を続けるカオリさん、そのキャリアのきっかけとは?
プロダンサーとして活躍中、出会って2週間でアメリカ人と電撃結婚
―カオリさんは1933年、東京生まれ。メイクアップ・アーティストになる前はプロダンサーとして活躍されていたそうですね。
12歳でプロデビューしました。幼少期から日本舞踊やタップダンスを習っていたのです。進駐軍慰問団に参加し、浅草の新世界でトップダンサーになったあとは日本文化使節団の一員に。世界中を旅しましたが、私の運命を変えたのは香港公演。私のステージを見に来たアカデミー賞メイクアップ・アーティストのビル・ターナーに、結婚を申し込まれたのです。その仲人を務めてくれたのが、ビルがメイクを担当していた俳優スティーブ・マックイーンでした。
―電撃結婚ですね!ダンサーの仕事はしばらく続けていた?
それが結婚の条件でした。私はラスベガスでショー、彼はロサンゼルスで仕事。だから、会うのは週末だけのウィークエンド亭主ですね。でも公演中の怪我が原因で、ダンサーを引退。私の性格上ネガティブになったり、落ち込んだりすることはあまりないのですが、このときばかりは失意の日々でした。ダンスが生き甲斐だったから。
「メイクできる?」と聞かれ、ヘルプで始めたことがきっかけに
―気晴らしに、とご主人が海外ロケに連れ出してくれたことで、メイクに携わるようになったのですね。
そうなんです。ダンサーは自分でメイクをするから慣れていました。海外ロケは人手不足になることが多く、「手伝って」と言われてボディメイクをするようになり、いつの間にかのめり込んでフェイスメイクも勉強。41歳のとき、第二の人生が始まったのです。
―その後は数々の名作映画、人気テレビドラマの制作に携わりました。大勢のハリウッドスターから指名が来ていたとか!
映画『フラッシュダンス』にはボディメイクとして参加しました。よく指名を受けていたのはジュリー・アンドリュース、バート・レイノルズ、ルーシー・リュー、キャリスタ・フロックハートなどなど…。キム・ベイシンガーとは特に親しく、日本を一緒に旅行したこともありました。
91歳の今も、必要があれば喜んでオファーを受けます!
アメリカはメイクアップ・アーティストのユニオン(労働組合)がしっかりしているので、がんばった分だけしっかり報酬も支払われます。残業代や食事提供も規定通り。
今はユニオンから「年金」をもらっていますが、完全に引退したわけではないんです。「アクティビティ・イン・リタイアメント」と言って、依頼があれば引き受けてもいいような立場。昔馴染みの俳優さんがトークショーに出たり、アワードのプレゼンターを務めるときには時々オファーをいただいています。
もちろん、拘束期間の長い映画はお断りです。「朝4時集合!」というようなスケジュールは、もう体力的に無理よね(笑)。
韓国ドラマ『元敬(ウォンギョン)〜欲望の王妃〜』ブレない王妃に注目!PR
詳細はこちら
60代読者モデルおすすめのリンクルクリームとは?PR
詳細はこちら-
「僕の存在を通して、世界を狭く感じてほしい」ニコラス・エドワーズさんが日米をつないで届けたいもの【ターニングポイント#3】
-
「自分の“身の程”を知らせてくれる人がいなかった」ニコラス・エドワーズさんが日本で見失ったもの、取り戻したもの【ターニングポイント#2】
-
実際の授業はどんなふうに行われている?認知症ケアから生まれた「おとなの学校」潜入レポート
-
元ミス日本・伊藤千桃さんに学ぶ、自然の恵みで暮らす13の工夫と心がけ——手作りおやつで元気を養う日々
-
「日本語は難しいからやめたほうがいい」その一言がアメリカの少年の人生を変えた。ニコラス・エドワーズさんが日本を選んだ理由【ターニングポイント#1】
-
頼まれると断れない、機嫌に振り回される…精神科医Tomy先生の「疲れない距離感」相談室
