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【豊臣兄弟!】悲劇的な最期を遂げた浅井長政(中島歩)。市(宮﨑あおい)のその後は?

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鷹橋 忍

信長に背く

浅井長政は、永禄10年(1567)に織田信長と同盟を結び、市と結婚したとされます(黒田基樹『お市の方の生涯「天下一の美人」と娘たちの知られざる政治権力の実像』)。

【豊臣兄弟!】悲劇的な最期を遂げた浅井長政(中島歩)。市(宮﨑あおい)のその後は?(画像5)

市(宮﨑あおい)/大河ドラマ「豊臣兄弟!」第10回より ©️NHK

このとき長政はすでに、越前朝倉氏の従属下にあったと考えられています。長政が鶴見辰吾さんが演じる朝倉義景(よしかげ)を「御屋形(おやかた)様」と称していたこと。長政の嫡男・万福丸(まんぷくまる)が朝倉家に人質として差し出され、朝倉の本拠・一乗谷(福井市)に居住していたことが、朝倉との従属関係を示しているといいます。

しかし、信長と朝倉義景が対立したため、長政は織田か朝倉か、どちらか一方を選ばなければならない立場に追い込まれました(以上、新谷和之「浅井長政––––“悲劇の英雄”の実像」)。

そして永禄13年(1570)4月に、信長が朝倉義景を攻めるために(名目は若狭[福井県西部]の国衆・武藤友益[ともます]の討伐)越前敦賀へ出陣すると、どのような経緯があったのかは不明ですが、長政は信長に背き、朝倉家を支援するために越前国へと兵を進めました。

信長は朝倉・浅井両軍に挟撃される状況に追い込まれ、わずかな供を連れて、京都へと撤退しています。なお、市が信長に両端を縄で縛った小豆袋を送り、長政の裏切りを知らせたという有名な「袋のネズミ」のエピソードは、近世の軍記物にしかみられず、事実ではないようです。

織田信長(小栗旬)

織田信長(小栗旬)/大河ドラマ「豊臣兄弟!」第14回より ©️NHK

【豊臣兄弟!】悲劇的な最期を遂げた浅井長政(中島歩)。市(宮﨑あおい)のその後は?(画像7)

大河ドラマ「豊臣兄弟!」第14回より ©️NHK

小谷城は炎上していない?

長政は姉川合戦など、信長と戦闘を展開していきますが、浅井も朝倉も、信長に滅ぼされることになります。

天正元年(1573)8月、信長は北近江に侵攻し、援軍にきた朝倉軍が退陣すると、朝倉軍を追って越前国に兵を進め、8月20日に朝倉義景を自刃に追い込みました。ここに、但馬国朝倉庄(兵庫県養父市)に生まれ、南北朝の動乱期に初めて越前へ入国した朝倉広景(ひろかげ)を祖とする越前朝倉氏は、その長い歴史に幕を下ろしました。その後、信長の軍勢は浅井氏攻めに反転し、小谷城を包囲・攻撃します。

8月27日には浅井久政が、9月1日には浅井長政が自刃し、浅井氏もまた滅亡しました。長政はまだ29歳でした。ドラマの小谷城は燃えていましたが、小谷城の主要部分から焼土が出ていないことから、落城した際に小谷城は炎上していなかったといわれています(太田浩司『浅井長政と姉川合戦 その繁栄と滅亡への軌跡』)。
 
市は、長政との間に生まれた3人の娘とともに、落城間際の小谷城から退去し、織田家に引き取られました。その後、お市は山口馬木也さんが演じる柴田勝家(かついえ)と再婚。長女・淀殿(茶々)、次女・初(はつ)、三女・江(ごう)の3人の娘は、乱世を生き抜いていきます。

【豊臣兄弟!】悲劇的な最期を遂げた浅井長政(中島歩)。市(宮﨑あおい)のその後は?(画像8)

大河ドラマ「豊臣兄弟!」第17回より ©️NHK

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