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【豊臣兄弟!】織田信長(小栗旬)が桶狭間の戦いに至るまでの生い立ちは?

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鷹橋 忍

【豊臣兄弟!】織田信長(小栗旬)が桶狭間の戦いに至るまでの生い立ちは?

大河ドラマ「豊臣兄弟!」第5回より ©️NHK

2026年NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」。当時の文化や時代背景、登場人物について、戦国武将や城、水軍などに詳しい作家・鷹橋 忍さんが深掘りし、ドラマを見るのがもっと楽しくなるような記事を月1回お届けします。今回のテーマは、織田信長についてです。

NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、小栗旬さんが演じる織田信長が魅力的だと評判になっています。織田信長の活躍や、その悲劇的な最期は有名ですが、桶狭間の戦い以前の信長は、それほど知られていないのではないでしょうか。今回は、桶狭間の戦い前までの信長をご紹介したいと思います。

織田氏とは

織田氏は元来、越前国織田(おた)荘(福井県丹生郡越前町)を本拠地としており、越前国の守護であった斯波(しば)氏に仕え、台頭してきました。

応永7年(1400)に、斯波義重(よししげ/のちの義教[よしのり])が尾張国の守護大名となると、織田氏はその守護代となったとされます(神田千里『織田信長』)。織田氏の本拠も尾張に移り、尾張と織田一族の関係がはじまりました(谷口克広『尾張・織田一族』)。

のちに織田氏は、岩倉城(愛知県岩倉市)を拠点に尾張国上四郡を支配する「織田伊勢守(いせのかみ)家」と、清須城(愛知県清須市)を拠点に尾張国下四郡を支配する「織田大和守(やまとのかみ)家」に分かれます(神田千里『織田信長』)。

信長が生まれたのは、織田大和守家の諸家・織田弾正忠(だんじょうのちゅう)家です。織田弾正忠家は有力諸家として台頭していき、信長の父の時代に、織田大和守家内部の争いに勝利して、勢力を伸ばしていきます(柴裕之『織田信長 戦国時代の「正義」を貫く(中世から近世へ)』)。

織田信長(小栗旬)

織田信長(小栗旬)/大河ドラマ「豊臣兄弟!」 ©️NHK

信長の誕生

信長は、天文3年(1534)5月に、尾張国海東郡の勝幡城(しょばたじょう/愛知県愛西市・稲沢市)で生まれました。天文6年(1537)の生まれとされる豊臣秀吉より3歳、天文9年(1540)とされる豊臣秀長より6歳年上となります。

父は、織田信秀(のぶひで)。母は、尾張国海東郡土田郷(愛知県清須市土田)の土屋政久の娘(土田御前)といわれています。(横山住雄『中世武士選書52 織田信秀――信長飛躍の足がかりを築いた猛将』)。

信長の母は、正妻の立場にありました。そのため、父・信秀には別の女性との間に生まれた信広(のぶひろ)と秀俊(ひでとし)という男子がすでにいましたが、信長が嫡子とされています。

信長に仕えた武士・太田牛一(ぎゅういち)が著わした信長の伝記『信長公記』によれば、信長は天文15年(1546)、数えで13歳の時に元服し、翌年、三河国大浜(愛知県碧南市)で初陣を果たしたといいます。時期は不明ですが、信長は父・信秀が尾張古渡城(ふるわたりじょう/愛知県名古屋市)を築いて居を移すと、尾張那古野城(なごやしろ/愛知県名古屋市)を譲られています。

16歳で歴史の舞台に登場

父・信秀は、合戦での勝利を重ね、勢力を拡大していきましたが、やがて大鶴義丹さんが演じた駿河の今川義元や、麿赤兒(あかじ)さんが演じた美濃の斎藤道三との戦いに敗れるなど、隣国との争いにおいて劣勢に立たされ、勢威を失墜してしまいます。

加えて信秀は病を患い、思うように活動できなくなったため、嫡子である信長が信秀とともに織田弾正忠家の運営に携わるようになりました。天文18年(1549)、信長は数えで16歳のことです。こうして信長は、歴史の舞台に登場しました。

今川義元(大鶴義丹)

今川義元(大鶴義丹)/大河ドラマ「豊臣兄弟!」 ©️NHK

斎藤道三(麿赤兒)

斎藤道三(麿赤兒)/大河ドラマ「豊臣兄弟!」第5回より ©️NHK

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