朝ドラ『風、薫る』半年後に驚き!バーンズ先生が突然ペラペラと話し始めて……金曜回終盤に視聴者騒然
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田幸和歌子
「ここで教えることは もうありません」!?
ある意味自身が黒船そのもののように、旧来の価値観を置き換えていくバーンズ。そんななかでも医系の家族がいる多江は特に疑問が大きくなるばかりだ。しかしそんな疑問をぶつければ、返ってきたのはこんな一言だった。
「A nurse is not a doctor. We do not treat(看護婦は医者ではありません。治療はしません)」
バーンズが彼女たちにまず身につけてもらいたいことは看護の知識よりも、なによりも清潔・衛生であることを心がけること、そのためにも「観察」するということに気を配ること。それが患者のためになることにつながっていく。バーンズに怯えながら足音を気にするうち、遠くの音まで聞こえるようになったというトメの変化などは、どこかバトル漫画やカンフー映画などで師匠にやらされていた雑用が実は修行につながっていた演出のようでもあり、気づかぬうちの成長を感じさせてくれるものだった。
しかし、まだまだ一歩を踏み出したばかりである。コロリ(コレラ)患者の着替えを想定した実習を行なっていたときのこと。
患者役のトメに対し、りんは顔を近づけ、背中をさするなど、ついつい親身になって対応してしまう。バーンズはそれを厳しく指摘する。「看護婦を見たことがない」と、当然のことを口して反論するりんだが、これもまた、感染症に対する意識が大きく変化した、コロナ禍を通過した現在の我々の目には、適した行動でないことはよく分かる。看護師や医師は感染するわけにはいかない存在なのである。そのように現代の視点を持つからこそ楽しめる大前提を理解させる演出が各所に散りばめられているのは印象に残る。
その後、清潔と衛生を徹底し、患者役への距離感などの対応を適切なものにしたことで、バーンズは言った。
「Now that's nursing(今のそれこそが看護です)」
目の前の一人、家族だけを救うのでなく、多くの人々を救う存在、それこそがナースなのである。冷たく突き放すようでありながら、看護の本質は伝えてくれていた。
驚いたのは、りんたちが学び始めて半年ほどたったときに、バーンズがペラペラと日本語を話し始めたことだ。日本行きが決まったときから勉強をしていたといい、本当は日本語が理解できたが、それもまた、バーンズの言葉に真剣に耳を傾け、全力で理解していくという「観察」のためでもあったわけだ。
「私は天狗ですから、幻を見せたのかもしれません」
彼女たちの日本語での会話もすべて理解していたのだ。完全にバーンズの手のひらで転がされていたようである。これこそ予期しない雨、「天泣」である。
そして、このとき、「ここで教えることは もうありません」と言われ、プレゼントとして看護制服を受け取り、彼女たちがあまりにもあっさりと卒業してしまったことにも驚いた。いよいよ本格的に看護を学び始めるのかと思いきや、ここもまた、やはり高速の展開で、職業としての看護師への道にいきなり踏み出すこととなっていく。金曜放送回の終盤は、その週のメインのエピソードを着地させるというよりも驚きのなかたたまれることが多い気がするのもこの作品の面白いところだ。
さてりんや直美は実際の患者にどう接していくのか。次週もまた、意外であり高速である展開が待ち受けているだろうか。
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