【どうする家康】徳川四天王の一人 酒井忠次(大森南朋)の海老すくいは、褒美を授かるほど見事なものだった?
公開日
更新日
鷹橋 忍
北条氏政から、海老すくいの褒美を貰った?
忠次の海老すくいにまつわる逸話は、他にもあります。
「東照宮御実紀」巻5(『国史大系』第38巻所収)には、忠次が、駿河太郎さんが演じた北条氏政の前で、「例の得手舞の海老すくひ」を舞い、氏政は太刀を「忠次に引る」と記されています。
また、『寛政重修諸家譜』にも、天正14年(1586)3月、北条氏政と伊豆国三島で会った際に、忠次は酒宴で「蜆(えび)すくひ」を披露し、氏政が悦びのあまり、一文字の刀貞宗の脇差しを授けたという記述があります。
忠次の海老すくいは、褒美を授かるほど、見事なものだったのでしょう。
京都で隠居
天正16年(1588)10月、数え年で62歳となった忠次は、嫡男の酒井家次に家督を譲り、京都櫻井の邸に隠居しました。この櫻井の邸は、秀吉から与えられたものだといいます。
そして、8年後の慶長元年(1596)10月28日、忠次はその地で亡くなりました。
もうドラマでは、忠次の海老すくいをみることはできません。
森崎ウィンさんが演じる徳川秀忠が、海老すくいを大変に気に入っていた様子でしたが、今後も海老すくいの登場はあるのでしょうか。
鷹橋忍の「大河ドラマの時間」
この記事の執筆者
関連記事