「人の悪口を言わない奴なんか、信用できない」ヤマザキマリさんが見た イタリア流 生涯の友。
気兼ねなく、思ったことを言い合える友人はいますか? いちばんの親友とはどんな関係でしょう。ヤマザキマリさん著『CARPE DIEM 今この瞬間を生きて』から、生涯の友について考える一編をご紹介します。イタリアの食堂の店主、フェルッチョと60年来の友人とは……。
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生涯の友について考える
日本では「悪口を言わない人はいい人」とされますが、イタリアの私の周辺ではむしろ「人の悪口を言わない奴なんか、信用できない」「風通しよく、言いたいことを言い合えるのが真の友」という傾向が強いように思います。何か問題が勃発すると、私はとりあえず黙って自分なりの処置を考える方なんですが、そうすると必ず夫や姑に「何を考えてるのかはっきり言いなさい、黙ってるのは失礼だ」などと責め立てられます。
そんなことを改めて実感する出来事が2020年の最初のコロナ自粛期間中に起こりました。イタリアでコロナ感染者が急増し、世界的なニュースになっていた頃のことです。きっかけは、私宛に送られてきた一通のメールでした。
イタリアのパドヴァにある自宅の近くには、いわゆる〝近所の食堂〞と呼べる店があります。ある日、店主で料理人のフェルッチョから「コロナの影響で、経営が行き詰まっている。マリがイタリアに戻ってくる日まで持つかどうか」という弱気なメールが届きました。
70代半ばのフェルッチョはかつて、街の歌劇場の近くの老舗レストランで働いていたことがあり、1960年代に活躍した俳優や音楽家の仲間も多く、結婚を機に開店した現在の店にはリタイアした芸術家たちが集まっていました。
ですが数年前に娘夫婦に店を任せると客層も一新されました。それからもフェルッチョは毎日、厨房に立ち続けましたが、仲間たちは様々な理由から次第に足が遠退いていったそうです。
そんな中、一人だけ変わらず常連で居続けた60年来の友人がいました。元舞台脚本家の男性で、妻には先立たれ息子はドイツで暮らしていて滅多に姿を見せない。さらに大病をした後、足が弱り杖なくては暮らしていけない生活を送っていました。そんな一人暮らしの不自由な老後の唯一の心のよりどころが、フェルッチョの店でした。
食堂に来る時は通りすがりの人々に声をかけ、彼らの優しい対応をいいことに自分の体を支えて貰い、ヨロヨロと歩きながら店を訪れます。若い人から中年のおばさんまで皆彼を連れてくる人は様々ですが、皆彼をテーブルに座らせると快い空気を残してその場を立ち去ります。
比率的若い女性が彼を連れてくることが多いのですが、それに気がついたフェルッチョが「貴様、歩けないなんて言っているけれど、嘘だろう」と突っ込み、そこから口喧嘩に発展した現場に居合わせたことがありました。「お前だって女たらしのくせに人ごとみたいな口聞きやがって」「俺はお前ほどじゃない」というやりとりに、私は込み上げてくる笑いを抑えきれませんでした。
それだけではありません。時にはフェルッチョの料理の味付けを巡り「今日のパスタは随分不味いな」と客の入る前で大声を出す老人に「おかしいのはおまえの味覚の方だ、歳取って味覚がおかしくなってんだ」「そういうあんたも俺とたいして変わらない歳じゃないか」などと舌戦を繰り広げることもありました。そのやりとりを見て、フェルッチョの娘は「あの調子でもう50年。お互い腹の底まで丸見えの二人なのよ」と笑って気にも留めない様子でした。
フェルッチョの友人が決まって注文するのは、イタリアのおふくろの味の定番、トマトソースのパスタ。グラス1杯の赤ワインとパスタでお腹が満足すると、フェルッチョと再び口の悪いやりとりを交わし、そのうち大声で笑い出す。
今の時間を謳歌する天真爛漫な笑顔には圧倒的なパワーがあり、不平不満をぶちまけていたかと思うといつの間にか楽しそうに笑っている彼らの姿を見ていると、釣られてこちらまで嬉しくなってきます。こうしたやりとりを思い出したのか、コロナ禍で店を閉めようとしていたフェルッチョも考えを改めたようでした。
後日届いたフェルッチョからのメールには「あいつは入院したけれど、今も週に一度はトマトのパスタを作って、病院に届けているよ。戻ってきた時に店がないとがっかりされたら、こちらも落ち込んじまうからね」とありました。気兼ねなく思ったことを言葉に変えてやりとりのできるあの老人は、フェルッチョにとっても人生を豊かにする、かけがえのない存在なのでしょう。ああいう付き合い方を長年続けていれば「まさかお前がそんな奴だとは思わなかった」なんていうやりとりは無さそうです。
夫の両親にしても、親族の老人たちにしても、とにかく嫌な気持ちを溜め込もうとしない、あの自分という人となりが筒抜けな姿勢は、見ている方もすがすがしい気分になります。
※この記事は『CARPE DIEM 今この瞬間を生きて』ヤマザキマリ著(エクスナレッジ)の内容をWEB掲載のため再編集しています。
▼※2023年10月14日に配信した記事を再編集しています▼
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CARPE DIEM 今この瞬間を生きて
ヤマザキマリ著
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幼少期から老人と触れ合い、親の介護、そして死を経験し、多種多様な「老いと死」に触れ、国境をこえた生き方をしてきたヤマザキマリさんが、豊かな知見をもとに考えたことを綴ります。「若さ」と「老い」の価値、他人や他の生き物との「共存」、「ありのままの自分を許す」ことの大切さなど、今この瞬間を楽しむ、明るく人間らしい「善い」生き方を考えます。寿命が何歳であっても「その時」まで思い切り自分の人生を生きたい、そう前向きになれる1冊です。
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