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夫婦のすれ違い、嵐の前夜——80歳の元ミス日本代表・谷 玉惠さんが描く、愛のゆらぎ【私小説・透明な軛#3】

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谷 玉惠

今年の夏、80歳を迎えた元ミス・インターナショナル日本代表、谷 玉恵さん。年齢を感じさせない凛とした佇まいは、今も人を惹きつけます。そんな谷さんが紡ぐオリジナル私小説『透明な軛(くびき)』を、全6回でお届けします。第3回は「再婚から12年——すれ違いの夏」。
※軛(くびき)=自由を奪われて何かに縛られている状態

▼第2回はこちら▼

>>「離婚・留学・そして出会い—」80歳の元ミス日本代表・谷 玉惠さんが綴る【私小説・透明な軛(くびき)#2】

#3 再婚から12年——すれ違いの夏

37歳で再婚。小さな城と大きな信頼

帰国後、住まいは知香の友人がいたところをそのまま借り、秀雄と二人で暮らすことになった。とりあえずフランスからの延長という形で、結婚というわけではなかった。秀雄も年上の知香との結婚は考えていなかったし、知香自身もバツイチということもあり慎重でいたかった。

それでも、前向きで何にでも挑戦する積極派の知香と、穏やかに日々を暮らしたい消極派の秀雄とは、相反する性格でありながら、お互いに必要な存在でもあった。

自分を思い続けてくれる、「知香一途」の秀雄がそばにいることで、知香の毎日はとても心地よいものだった。

九州生まれで、父親の転勤で北海道に行く10歳までを九州で過ごした秀雄は、男子厨房に入らずと決め、食事はすべて知香の係だった。毎日秀雄を想い、彼の好物を考え、疲れて帰宅しても手抜きをせず、精一杯食事の支度をした。甘えてくる秀雄が好きだった。

2年後、新築分譲マンションがローン流れで安く手に入ることになった。1LDKと広くはないが、自分の「城」を持ちたかった知香にとっては願ってもない物件だ。ローンや名義は二人でと思っていたが、他人同士では税法上面倒であるということがわかった。

知香は秀雄との結婚に異存はなく、秀雄も拒否はしなかったので、吉日を選んで二人で役所に届けを出した。以来、秀雄は「不動産屋とグルになった」と知香をからかうこともあった。

知香37歳、秀雄30歳のときだった。

それから3年、知香は40歳のときに念願のエステサロンをオープンした。秘書をしながら2年間エステの学校に通い、いつか自分で独立して仕事を持ちたいという夢を実現させたのだ。

業績も順調で、バブル期だったのが幸いして売り上げも右肩上がり。スタッフも1人から4人に増えた。一方、秀雄も蓄えた自分の資金で理学療法士の学校に入学した。金銭的にはお互いに甘えないことを信条としていたので、秀雄はアルバイトをしながら学費や家のローンを捻出。それでも食費の一部や光熱費や雑費などは収入の多い知香が払った。

そして3年後、秀雄は免許を取得し、整形外科クリニックの職員となった。生活もやっと安定し、それを機に住まいも少し広めの分譲マンションに移った。

バブルがはじけ、いっときの勢いがなくなったものの、知香の仕事は培った信用によって支えられていた。

正月や夏の休暇は、クリニック勤めの夫に合わせて日程を決め、旅行先を一緒に考えるのが二人の楽しみだった。夏は海外のリゾート地へ、正月はスキーか海外というのが、いつしか定番になっていた。

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