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夫婦のすれ違い、嵐の前夜——80歳の元ミス日本代表・谷 玉惠さんが描く、愛のゆらぎ【私小説・透明な軛#3】

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谷 玉惠

48歳。変わりゆく夫婦の距離

そして結婚12年目を迎えた。

この年のゴールデンウィークは、7日間の大型連休がとれた。知香はいつものように海外旅行をするつもりだった。外国行きも毎年だと当たり前のことに思えてくる。

「正月のアメリカ旅行でボーナスを使い果たしたから、今回は行けないよ。たまには誰か友だちでも誘ってみたら」
「それであなたはどうするの?」
「ひとりであっちこっち車で行ってみるよ。寝袋持参で車の中で寝てもいいしさ」

思いがけない言葉だった。今まで絶対に離れることを嫌がっていた夫とは考えられない返答だった。

結局、ゴールデンウィークは、職場の主任の女性とシンガポールに行くことにした。予定もなく日々過ごすなど考えられなかったからだ。

思えば正月を過ぎたころから。知香は夫の様子が少し変わってきたように感じていた。常に二人で過ごしていた夕食を、時々外で食べてくるようになったからだ。

「若い人ばかりだから、いろいろあってまとめるのが大変なんだ」
夫はそう弁解しつつ、11時過ぎに帰る日が多くなっていた。
「カラオケまで付き合わされて、帰してくれないんだよ」

お酒の匂いをさせながら帰ってくる日が週1回から時には2、3回に増えていった。

横になっていても、いつ帰るかもう帰るかと気になって、エレベーターの止まる音で、帰って来たとわかるようにまでなった。

「主任なんだから、たまにはみんな誘って飲んできたら」
社交的でない夫に以前、何度か言ったことがあった。夫はきっかり定時に帰ってくるので、たまにはゆっくりと帰ってきてほしいと思ったのだ。友人の多い知香は時々、食事や飲み会に出かけていたが、嫌な顔ひとつせず気持ちよく送り出してくれた。だからこそ、夫の遅い帰宅も寛大な思いで受け入れていた。

しかし、2月25日は午前2時まで帰らなかった。その2日前も1時半だった。

こんなことは初めてだった。ついに堪忍袋の尾が切れた。
「いったいどうしたの? 何があったの!」

聞き出すまでは後へひかないつもりで問い詰めた。
「みんなが帰してくれないんだよ」
夫は憮然とした顔で答え、黙ってしまった。

言い合いをしても口では妻にかなわないことを知っているから、彼は決して余計なことは言わない。話さないからボロも出ない。沈黙に苛立つ知香は、布団を別室に運んで寝ることもあった。

家庭内別居を2、3日続けたこともあったが、折れた夫がニコニコしながらすり寄ってくるので、気がそがれ、許してしまう。

しかし、午前2時に帰宅したときばかりは我慢がならなかった。翌日、知香は初めて仕事場に泊まった。怒りが収まらず、少し脅かしてやろうと思ったのだ。常に知香の思い通りに動いていた夫だったから、自分を無視する行動は信じがたかった。

知香は耐えることが苦手な性格だ。不快なことがあると、すぐに口に出したり行動に移す。白黒はっきりさせなければ気が済まない。それを今日まで通してきただけに、何を考えているのかわからない夫の態度は、もはや許しがたいものだった。一人で夕食をとらなければならないたびに、変わってしまった夫婦の関係が心を重くした。

一人でいる孤独も寂しいが、二人でいるときの孤独はもっと寂しく、惨めだと思った。

自分だけに向けられていた夫の気持ちに、変化が起き始めていることを感じた。

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