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ヤマザキマリさん「イタリア人は匿名のSNSが苦手」文句を言いたいなら対面が一番!

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ヤマザキマリ

『最後の講義 完全版 漫画家・文筆家・画家 ヤマザキマリ』(主婦の友社刊)で、「表現」と「自由」の深い関係について語ったヤマザキマリさん。「SNS社会における表現の自由」とは? 新刊から一部抜粋してご紹介します。「1週間しゃべらない」実験をしたという聴講生の質問に、ヤマザキマリさんはどう答えたのでしょうか。

SNS社会における表現の自由

ヤマザキ では、テーマを絞らずに何か質問があるかたは?

山中(聴講生) SNSは匿名なので、自由に発言をしますよね。たとえば「死ね」とかも簡単に言えてしまう場所です。私はそれが納得いかなくて、それを表現しようと1週間しゃべらないというのをやりました。簡単にしゃべれない難しさを表現したくて。

ヤマザキ なるほど、しゃべらないという表現ね。

山中(聴講生) はい。そうしたら1週間終わったあとの解放感というか、自由がすごいと感じたんです。今、何か自由をはき違えているというか、悪い方向に行ってしまうと思っていて。ヤマザキさんはSNSの自由についてどう思いますか?

ヤマザキ あれは自由とは言えないでしょう。自由と思い込ませる息苦しさ、生き方への規制です。

私も昔は、SNSで思い立ったこと、社会に対して感じることを盛んにつぶやいていましたが、途中できっぱりやめました。

SNSはそれこそ自分が所持している絵の具の色を限定される場所です。まるで自分たちが生きているのはあの世界だけ、と言わんばかりの狭窄性(きょうさくせい)しか育んでくれない。

そして気がついたらみんなあの狭いどうでもいい異次元の空間に封じ込まれて、そこが世界のすべてだと思い込んでしまうようになる。人からの反応がなければ自分のアイデンティティが見えなくなる。

これは無理だと、自分には窮屈すぎる世界だと感じて、今も自分の意見を発言する場所として戻るつもりはありません。

ただ、あれも、人間の脳が生んだ産物です。ああいうものも人間という生態が生み出した現象の一つなわけです。

たとえば2000年後に「2000年前の社会にはSNSというコミュニケーションツールがあったらしい」という話になるかもしれません。

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