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妻の逆襲「不倫の後始末を私が!?」80歳の元ミス日本代表・谷 玉惠さんが描く【私小説・透明な軛#5】

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谷 玉惠

冷えた炒飯を前にして

豹変した妻から逃げるように、夫は台所からリビングへ。場違いのフリルのついた可愛いエプロンを脱ぎ捨てながら、次の攻撃に備えた。しかし、手を出してこない。謝罪の言葉もなかった。

「まだ一回も謝ってないじゃない。反省してないの? 悪かったと思ってないの? 正座して謝りなさい!」

夫は居間のフローリングに正座した。そうしなければ何が飛んでくるかわからない。男としてのプライドをずたずたにされたまま、じっと耐えているように見えた。

「ごめんなさい」
ペコンと頭を下げた。そして間髪を入れず言った。
「とりあえずごはんにしよう」

立ち上がりながら言うと、キッチンから冷えた炒飯を持ってきて、テーブルの上に置いた。時計はすでに10時をまわっている。空腹なはずなのに、食べようと口に入れてみたが、のどを通過しない。胃が受けつけない。しかし夫は黙々と食べている。そんな夫がさらに憎らしかった。

「いつから?」
女から聞いたことを確認するように詰問した。
「……2月からだ」

バッグから手帳を取り出しページをくりながら確かめた。メモ程度に夫の外出日と帰宅時間を書いておいたのだ。そこまでしながら気づかなかった。夫を信じ切っていた自分に腹が立った。何も語らない秀雄は、知香の命令で重い口を開いた。

「死んだ恋人に、年齢や雰囲気が似ていたらしい……」

女は前年の8月に恋人を病気で亡くして、その年の10月に夫のいる病院に就職したのだ。そのことは以前、夫から新人の話として聞かされていたことだった。

「いくつなの?」
「27」
「やっぱり! 42歳のあなたが20代の女だものね。さぞ楽しかったでしょう。夢心地だったでしょうね。でもね、あなたからも、女からも慰謝料をとるから、そのつもりでね。あなたは定期預金400万と、積み立て100万、通帳と印鑑をすぐ出して!』

「彼女からはいくら取る気?」
「100万か200万」
「僕があげるのだから、彼女からは取らないで! 田舎に送金しているみたいだから」
「なに言ってるの! 頭おかしいんじゃない?」
「僕は離婚しないよ。彼女とは別れる。本当だ。明日、彼女に言うよ」

夫の顔に悲壮な決意が浮かんでいる。妻にバレなければ、このままつきあっていたかっただろう。主任といっても個人病院のリハビリ科。40男がつかんだ、恋愛ごっこのチャンスを失うのは気の毒な気がしないでもない。

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