妻の逆襲「不倫の後始末を私が!?」80歳の元ミス日本代表・谷 玉惠さんが描く【私小説・透明な軛#5】
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谷 玉惠
今年の夏、80歳を迎えた元ミス・インターナショナル日本代表、谷 玉恵さん。年齢を感じさせない凛とした佇まいは、今も人を惹きつけます。そんな谷さんが紡ぐオリジナル私小説『透明な軛(くびき)』を、全6回でお届けします。第5回は「夕食の修羅場—妻の逆襲」。
※軛(くびき)=自由を奪われて何かに縛られている状態
▼第4回はこちら▼
筋肉は裏切らない「でも私は裏切られた」80歳の元ミス日本代表・谷 玉惠さんが描く【私小説・透明な軛#4】#5 夕食の修羅場—妻の逆襲
裏切りのディズニーランド
玄関のドアは開いていた。知香は黙って中に入り、リビングの扉を開けた。
「おかえり」
キッチンからエプロン姿の夫が顔を出した。
「ついにシッポを出したわね」
そう言いながら、リビングに入った。
テーブルの上はきれいに片付いている。まるで何事もなかったのように、いつもの表情で夫は食事を作っていた。
「彼女に会ってきたわよ」
「どうりで遅いと思った。お腹がすいただろう。もうすぐできるから」
知香は長年主婦を続けてきたが、ここ2、3年は分担して夫もキッチンに立つようになっていた。いつもと変わらぬ夕食の一コマ、のように見える。
知香は不思議なくらい落ち着いていた。
「よくも欺いてくれたわよね。当然、離婚ね」
先に言うことで、裏切られた妻の惨めさを払拭しようとした。
「彼女とは別れるよ」
意外な言葉が返ってきた。
「お義母さんに言われたから?」
「そうじゃないよ。本当に彼女とはもう別れるつもりだったんだ」
「は? 彼女とは別れるつもりだった?」
夫の言葉が理解できなかった。離婚する気で女と対決したのに、今さら何を言うのか。弄ばれているようで、急に怒りが込み上げてきた。冷静に大人として対応してきたつもりだったが突然、心の糸がプツンと切れた。
「身勝手な!」
裏切られた悔しさが腹の底からじわじわと滲み出てきて、知香はキッチンに駆け寄ると、平手で夫の両頬を叩いた。燃え上がった怒りは、もはや何かしないではいられなくなっていた。
恨み言も言わず、さっぱりと別れるつもりで帰ってきたはずなのに——「女と別れる気なら、こっちにも言い分はある!」。怒りは、可愛さ百倍ならぬ、憎しみ百倍となって燃え上がった。
「今日はどこへ行っていたの?」
「……」
「なんで言わないの? 海へ行くって言うからヨットかと思ってハウスに電話したのよ。どこへ行っていたの! 言いなさい!」
「……ディズニーランド」
知香の手が夫の左頬を打った。ほんの1週間前、手を取り合って走り回ったディズニーランド。今度は不倫相手と楽しんできたというのか。しかも初めて行く場所を、妻をだしにして下調べをしていたなんて。あの優しかった夫はなんだったのか! 悔しさで右頬も叩こうとした。夫がよけたため、手が空を舞った。
「私をだしにしたってこと! 人をバカにして!」
血が頭に上り、知香は大声で罵った。肩や背中を力まかせに叩き、腰を蹴飛ばした。履いていたスリッパも投げつけた。怒りは堰を切ったように込み上げてきて、もう止まらなくなっていた。
