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南仏の小さな村で現役、69歳アンティーク商が語る「人間に本当に必要なものは、実はとても少ない」

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南フランスの田舎でアンティークショップを営む69歳、クリスティーヌ・カーズさん。10代の頃に抱いた「インテリアの仕事をしたい」という夢を実現したのは、子育てを終えた40代になってから。年齢を重ねるほど自由になっていく——そんな彼女の暮らしと哲学をお届けします。第1回は、アンティーク商になるまで。パリに住む日本人ライターがご案内します。

Profile

クリスティーヌ・カーズさん

フランス南西部生まれ。子ども時代をアフリカや南太平洋の島で過ごし、16歳で再び家族でフランスに。1990年代に古物商として独立。約20年前よりフランス南西部の村Saint-Antonin-Noble-Val(サンタントナン・ノーブルヴァル)でアンティーク店「Entre Cour et Jardin(アントル クー エ ジャルダン)」を営む。中世の元商家を修復し、住居兼店舗として暮らす。家族は成人して独立したお嬢さんが二人。現在69歳。
インスタグラム:entrecouretjardin_3 
インスタライブ:mimizu_brocante

アフリカと太平洋の島で育まれた感性

フランス南西部の小さな村で、69歳のマダムが今も現役で働いています。
クリスティーヌ・カーズさん。

最近は60代後半で働いている女性は珍しくないかもしれませんが、年齢を重ねても好きな仕事を続けられるというのは、ひとつの理想の形。

中世の建物を修復した家に住みながら、アンティークショップを営み、好きなものに囲まれた暮らしを続けています。

彼女が暮らすのは、トゥールーズから車で1時間ほどの山あいの村、サンタントナン=ノーブル=ヴァル。アヴェロン川沿いに開けた人口約2000人のこの村は、中世の面影を色濃く残す美しい場所です。

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夏にはカヤックを楽しむツーリストも増えますが、ふだんは人口2000人の静かで美しい村。

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コンクリートの整備された道と違い足腰に来る石畳ですが、クリスティーヌさんはお気に入りのぺたんこ靴でどこまでも。

12世紀の建物をながめながら石畳の路地を進み、鮮やかなブルーの扉を開けると、そこがクリスティーヌさんの店「Entre Cour et Jardin(中庭と庭の間)」。

時間がゆっくり流れるような、不思議な空間が広がっています。

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この青い扉を開けるとクリスティーヌさんのショップが。春夏はまぶしいほどのグリーンと可憐な野の花が迎えてくれます。

フランス南西部の都市モントーバンで生まれたクリスティーヌさん。海外憲兵隊勤務のお父様の転勤で、幼いころ家族で海を渡り、アフリカのカメルーンへ。さらにはバヌアツへと移り住みました。

「アフリカや太平洋の島の大自然の中で、のびのびと自由に、家族の愛に包まれて育ちました。今のようにインターネットなどない時代ですから、家族と自然だけが私の世界だったんですね。自由と家族を愛する心が、そのころに培われたような気がします」

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バヌアツでは家から100メートルでもう太平洋。「貝を拾ったり木に登ったりして、毎日海を見ながら遊んでいました」

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仲の良い3歳年下の妹(@tinaliah_designs)さんはアメリカ在住。インスタグラムでやりとりするいまどきな60代姉妹!

アンティークとの出会いは母のガレージセール

アンティークとの出会いも、そのご家族がきっかけだったそう。

10歳でフランスに戻り、街での生活にも馴染んだ16歳の頃、クリスティーヌさんのお母様がガレージセールのスタンドをすることになり、その手伝いをすることに。出品する品物を選びながら、古いものが持つ温もりや、不思議な引力を初めて肌で感じ、インテリアデコレーションを学ぼうと決意したそうです。

「思えば祖母もアンティークが大好きだったので、幼い頃から祖母の家を訪れると、古くて味のあるものに満ちていたんですね。オークションや骨董市へもよく連れて行ってくれました」

アンティークへの思いも温めつつ、その後、2人の娘さんを授かり、子育てのために別の道へ。

「娘たちが学校へ通い始めたので、子どもたちと同じリズムで働けるように、フランス語教師の資格を取り、1年ほど教壇に立ったこともありました。でも、やってみて、これは私の道ではないと気づいたのです」

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