妻の逆襲「不倫の後始末を私が!?」80歳の元ミス日本代表・谷 玉惠さんが描く【私小説・透明な軛#5】
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谷 玉惠
不倫の後始末を私が
翌日、夫は仕事に出かけ、夜9時過ぎに帰ってきた。女と話をすると行って出かけたものの、ホテルへ行ったのではないか、勘ぐり出したらキリがなくなり、知香の苛立ちは限界にきていた。
「遅かったじゃない!」
「話してきたよ」
「ふん、泣いたんでしょ!」
「うん、彼女は『きっと私のところに来てくれると思っていた』って」
「それで、『別れるなら死ぬ』とか言ったんじゃない?」
「そう……」
「まったく、そんなのお見通しよ。それは女の常套手段なの! 私の友だちを見てわかっているでしょう。不倫した男からの別れ話が出たとき『自殺する』って散々騒いで。その彼女は今、元気じゃない。あなたがはっきりしないといけないの! どうするつもり?」
「また話すよ」
「ああ、じれったい、どうせまた泣かれて終わりよ。こういうことは早くけりをつけないと駄目なの! 一体どうしたいの?」
「別れる」
「わかった。あなたに任せても埒があかないから、私が電話する。いいわね」
夫はどうしていいかわからない顔をしている。
「自分で始末もできないのなら、浮気なんてしないでよ!」
電話機の番号をプッシュした。女の番号は、夫の手帳から書き写しておいた。
「佐山ですが、夫から聞いたでしょうが、私たちは離婚しないことになりました。だから、もう夫には近づかないで。そのかわり慰謝料は請求しません」
「ご主人も同じ意見ですか?」
「もちろんよ」
「はい、わかりました」
彼女のはっきりした声が聞こえた。あまりにも事務的な声の調子。簡単に話がついてしまい、競っていた知香は少し拍子抜けした。
「彼女にはなんて言ったの?」
「慰謝料を取られたし……もうお金がないし二人で生活できないって」
「なにそれ! なんで『離婚しない』って、言わなかったの? ただ『別れる』だけじゃ女だって納得しないわよ。27歳なら結婚したい年齢でしょ。カッコつけるからこんなことになるのよ。——ところで彼女は妊娠してないのね」
「してない」
どうしても聞いておかなければと思っていたことだ。不安がひとつ晴れた。
「ところで仕事場はどうだった?」
聞かないと答えない夫は、連日の質問攻めで、自分から話すことなど考えられなくなっているようだ。
「君の電話で、皆なんとなくわかったみたいだよ。先生も奥さんも妙に白けていて、それに、受付の人が彼女に電話のことを言ったようだ」
「じゃ、いづらくなるかな」
「そうだろうね」
40過ぎの夫の再就職はつらい。離婚しない以上、なるべく穏便にことを運びたい。後先かまわず電話をしたが、夫の仕事を失わせたくはなかった。今の職場は条件がいい。
「何事もなかったように、知らん顔していればいいの。先生から言われるまで、絶対自分からはそぶりにも出さないことね」
知香は、女の後始末に加え、職場のことまで尻拭いしている自分がおかしかった。
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