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【南杏子さん最新作】死ぬことが怖くなくなる? 穏やかな終末期ケアの物語『いのちの波止場』

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ゆうゆう編集部

余命わずかな人の役に立ちたいと奮闘する看護師・麻世が、緩和ケア科で学び受け取ったものとは? 「いのちの停車場」シリーズ完結編 南杏子さんの最新作『いのちの波止場』について伺いました。

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『いのちの波止場』
南杏子著

金沢の在宅医療専門クリニック「まほろば診療所」の看護師・麻世は、能登半島・穴水の病院の緩和ケア科で看護実習を行い、終末期医療について学ぶ。看護師が、患者に対して最後にできる最高の仕事とは?
幻冬舎 1760円

死ぬことが怖くなくなる? 穏やかな終末期ケアの物語

人は誰しも死を迎える。老いは止められないし、死なない人間など存在しない。わかっている。でもそれは今ではないし、自分や家族が死ぬことなど想像もしたくない……と、思っていた。なのに、不思議なことが起きた。『いのちの波止場』を読み終えたとき、ふと思ったのだ。死ぬのも悪くないな、と。

いや「悪くない死に方もある」と言ったほうが正確だろう。気づけば死は、以前ほど「得体の知れない怖いもの」ではなくなっていた。

そう話すと南杏子さんは、「うわぁ、そんなふうに読んでいただけてうれしいです!」と言ってくださる。南さんは日々患者さんと向き合う現役の医師。そのせいか、言葉や表情が優しい。物語の根底にある人間愛を感じさせる。

シリーズ1作目の『いのちの停車場』は、吉永小百合さん主演で2021年に映画化された。3作目の本書は、映画では広瀬すずさんが演じた熱血看護師・麻世が主役である。能登半島の中央に位置する穴水町の病院で、麻世は半年間緩和ケアの研修を受ける。入院患者の多くが1カ月程度で亡くなるという緩和ケア科で、さまざまな人生の「旅立ち」と向き合うことになる。「緩和ケアを『末期がんの患者さんなどへの特別な医療』と思う人も多いのですが、実際には人生の最後に誰もが受ける医療です。人が誕生するとき産婦人科がサポートするように、緩和ケア科は亡くなる人を最後までサポートします。それなのに、あまり知られていないせいで、医療者と患者さんやご家族の間で誤解があったり、家族の間でも意見がそろわなかったりすることが多いのです」

本書にもそんな人たちが登場する。激しい痛みがあるのに、モルヒネを拒絶する老婦人。認知症とがんを患っている余命少ない父に胃ろう造設を主張する息子。無知や誤解やささやかな身勝手が、残された貴重な時間を無駄にすることもある。「ここにあるエピソードは全部『あるある』です。知り合いの医療関係者はみんな『本作が一番リアルでよかった!』と言ってくれるので(笑)、似たようなことが多くの現場で起きているのだと思います」

おしりをふいてもらうことが死を受け入れる一歩に

リアルだからこそ、本書は「予習」になる。親を看取るとき、あるいは自分が旅立つとき、どんな身のふるまいをすべきかを考えるきっかけになる。

麻世が実習の最後に担当するのは恩師ともいえる人。名医であるが、患者としては初心者である。看護師に頼ることが苦手で、「僕はそこまで落ちちゃったのかな」と落ち込み、死を前に「ちょっと怖いだけ。死ぬのは初めてだからね」と素直な気持ちを吐露する。その人間味がすばらしい。だからつい、「教え子に汚れたおむつを替えてもらうのはつらいだろうな」と、勝手に心中を思って泣きそうになる。どんな大人物でも、スマートには死ねないのだ。

「他人におしりをふいてもらう。そこには自分ができなくなっていくことをひとつひとつ受け入れていくという、心の成長があります。死を受け入れるというのはそういうことなんでしょうね。終末期のケアは、痛みや褥瘡(じょくそう)のケアだけじゃない。患者さんの心のありようまで支えることだと思います。それには看護師の役割がとても大きいのです」

取材で初めて訪れた穴水での経験が宝になった

物語には陰の主人公がいると感じた。それは、物語の舞台である穴水の町だ。患者やその家族は、穴水の美しい自然に癒やされていく。

「取材で初めて穴水を訪れたとき、自分のありのままを受け入れてくれるような懐の深さを感じました。『人生の最後はこんな環境で迎えたい』と思ったことも、終末期ケアをテーマにしたきっかけです」

ところが24年元日、原稿を大方書き終えた頃、能登半島地震が発生した。テレビに映し出される変わり果てた穴水の姿に震えた。

「ものすごい喪失感でした。小説に描いた多くの場所が失われた。それなのに現実を無視するような物語を出版していいのか。能登の人がどう感じるか……怖くなりました」

南さんは穴水を再訪した。地震から7カ月たっていたが、倒れそうなビルや波打つ道路はそのままで、復興は遠かった。そして決意した。

「かつての美しい穴水を、小説の中だけでも残したいと思いました。震災前の穴水を訪れた経験は、私の宝でもありますから」

エピローグには南さんの思いが込められている。

撮影/永井守

PROFILE
南杏子さん

みなみ・きょうこ●1961年徳島県生まれ。出版社勤務を経て、東海大学医学部に学士編入。卒業後、慶應義塾大学病院老年内科などで勤務する。2016年『サイレント・ブレス』で作家デビュー。現在は、医師と作家を両立させている。

※この記事は「ゆうゆう」2025年5月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。

取材・文/神 素子

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