【あんぱん】ほぼすべての視聴者が目撃した気分になった、嵩(北村匠海)の大きな転機—“名曲”が生まれる瞬間
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田幸和歌子
1日の楽しみは、朝ドラから! 数々のドラマコラム執筆を手がけている、エンタメライター田幸和歌子さんに、NHK連続テレビ小説、通称朝ドラの楽しみ方を毎週、語っていただきます。漫画家のやなせたかしさんと妻の小松暢さんをモデルに、激動の時代を生き抜く夫婦の姿を描く物語「あんぱん」で、より深く、朝ドラの世界へ!
※ネタバレにご注意ください
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やっぱりのぶは嵩の最大の理解者である!
国民的作品『アンパンマン』原作者やなせたかしの妻・小松暢をヒロインとして描くNHK連続テレビ小説『あんぱん』の第20週「見上げてごらん夜の星を」が放送された。
北村匠海が演じる嵩のモデルであるやなせたかしは、絵本『アンパンマン』や漫画家としての顔ばかりでなく、作詞家としても数多くの作品を生み出したことはほとんどの視聴者が知るところである。
前週より登場する3人組人気バンドMrs.GREEN APPLEのボーカル・ギター担当大森元貴が演じるいせたくや。いせは、作曲家のいずみたくをモデルとした登場人物である。いずみもまた、さまざまな国民的愛唱曲を生み出した大作曲家であるが、そのひとつがこの週のサブタイトルでもある「見上げてごらん夜の星を」である。この曲は、永六輔が作詞し、同名のミュージカルの劇中主題歌として披露され、のちに坂本九が歌い大ヒットした。
ある日、いせがミュージカルの演出などを行っているという青年、六原永輔(藤堂日向)を連れ、柳井家を訪れる。このややエキセントリックな雰囲気をもち、いせをして「天才」だと言わしめる永輔は、その名の通り、先にも記した「見上げてごらん〜」の作詞家でもある永六輔をモデルとした人物だ。かつての『ブギウギ』や『ゲゲゲの女房』など、令和の世にもその功績が親しまれる実在の人物をモデルとした出演者やエピソードなどが登場すると、世界観の理解度や親しみ深さは格段に上がる。
永輔は、自分が手がけるミュージカル作品の舞台美術を嵩にお願いしたいと申し出にやってきた。嵩がつとめていた当時に手がけた三星劇場の舞台のポスターに惚れ込んだからだという。嵩の才能に直感で賭ける、一流のクリエイターどうしだからこそ分かるような好演出だ。
しかし、当の嵩はこの大きなチャンスに、やはり二の足をふんでしまう。月刊誌に掲載予定だった漫画『メイ犬BON』の掲載が見送りとなり、すっかり自信を失っていたのである。それは、原稿を見た現在雑貨屋を営む八木(妻夫木聡)に「ずいぶん情けない犬だな」と言われ、「BONは僕です」と答えるほどの意気消沈ぶりである。自分の作品は大衆受けしないのではないか、そんなふうに自問自答し、せっかくの舞台美術も自信がないという嵩を、のぶ(今田美桜)が一括する。
「たっすいがはいかん!」
本作の序盤から何度も登場した、弱気だったり元気を無くしたようでは駄目だと励ます土佐弁である。今なお〝たっすい〟な嵩が子供のころからのぶや亡き伯父・寛(竹野内豊)に言われ、背中を押されてきた言葉だ。
「のぶちゃんのそれ、久しぶりに聞いたな」
のぶの言葉に奮い立たされ、ミュージカルの稽古場を訪れ、「やるって決めたわけじゃ……」と戸惑ったりしながらも、最終的には話を引き受ける。嵩の才能を信じ丸投げするという永輔もいせも、実はミュージカルを手がけるのは初めてだということにびっくりする。
「みんな独創的っていうか変人っていうか、個性が強すぎるんだ。ついていけんのかなぁ……」
とのぶの前で気持ちを打ち明ける嵩に対し、
「でも、嫌な気はせんがやろ? 嵩さん、楽しそう」
こう指摘する。このスタンスは、モヤモヤとする相手の本音を肯定してあげる、とても優しさと愛情がこもった言い方であると思う。のぶは嵩の最大の理解者であることがわかるやりとりだ。
