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「女のくせに生意気!」男尊女卑の価値観を私に植え付けた父【私の毒親体験記】

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ゆうゆうtime編集部

「優しいお父さん」と周囲から称賛されていた父。しかし、その温厚さの裏には、時代が染み込ませた男尊女卑の価値観がありました――。

「優しいお父さんと」言われていた父から植え付けられた男尊女卑の考え

90代で亡くなった私の父は、若いころ「優しくて今風のお父さん」とよく言われていました。確かに、体罰が当たり前だった時代に怒鳴ることもなく、手を上げたこともありませんでした。
けれど、男尊女卑の価値観は根深く染みついていたようです。

お盆や正月が近づくと、私は今でも少し憂うつな気持ちになります。よくある話かもしれませんが、親戚が集まると男たちは座敷で酒盛り。「ビールが足りない」「つまみは?」「気の利かない嫁で恥ずかしい」などと好き放題に言いながら、大声で酔っぱらう。その間、女たちは台所でせっせと忙しく立ち働いていました。

私も中学生になるころには、ごく自然に“女の役割”を担うようになっていました。年の近い兄弟たちは、ごちそうを食べながらテレビに夢中。私はお酌をし、「彼氏はできたか?」なんてセクハラまがいの言葉を笑って流し、汚れた皿を片づけていました。

今思えば理不尽な話ですが、当時はそれが当たり前の空気でした。疑問すら持たなかったのです。
そんなある年、都会で働いていた叔母が久しぶりに帰省してきました。いつものように女性たちが動き回る中、叔母がふと「男の子たちも、少しは手伝わせたら?」と父にやんわり言ったのです。その場では父も機嫌よく「ビール持ってきて!」などと兄に声をかけたりして、笑って受け流しているように見えました。

父の態度が豹変!「女のくせに生意気だ」中学生の私にお説教

ところがその夜、自宅に戻ると父の態度が豹変。「あいつは女のくせに生意気だ」と、なぜか私に怒り始めたのです。
酔いもあったのかもしれません。でも、叔母の発言を「親族の前で恥をかかされた」とでも感じたのでしょうか、なぜか理不尽にも娘の私が説教されたのです。母もうなだれる私を庇うこともなく、ただ黙って見ているだけでした。
その後も、父の態度や親戚の空気は変わりませんでした。

私は、自分の娘たちにはこんな思いはさせまいと気をつけてきました。
けれど、時々ふと、自分の中にもあの価値観が染みついていることに気づいてしまいます。
今でも、親族や自治会の宴会では当たり前のようにお酌をしてしまいますし、男性が多い場で女性が発言すると、「生意気に思われないかな」と緊張してしまう。女性だけの職場ではそんなこと気にもしないのに、男性が混じると胸がドキッとするんです。

父を「毒親」とまで言っていいのか、迷いはあります。
でも、女は黙って男の世話をし、優先するのが常識。そんな価値観を、多感な時期に“優しい父”から当たり前のように刷り込まれ続けたのです。

父が亡くなり時代も変わったのに、子ども時代に刻み込まれた価値観と自分自身の価値観の間で胸が苦しくなる。そのつらさは父から与えられた呪いのように思えてならないのです。

(60代・パート)

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