【あんぱん】「うちは、何ものにもなれんかった」が刺さる。そんなのぶ(今田美桜)の前に、初期のアンパンマンの姿が!
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田幸和歌子
1日の楽しみは、朝ドラから! 数々のドラマコラム執筆を手がけている、エンタメライター田幸和歌子さんに、NHK連続テレビ小説、通称朝ドラの楽しみ方を毎週、語っていただきます。漫画家のやなせたかしさんと妻の小松暢さんをモデルに、激動の時代を生き抜く夫婦の姿を描く物語「あんぱん」で、より深く、朝ドラの世界へ!
※ネタバレにご注意ください
根っこは〝たっすいがの嵩〟
漫画家としてなかなか芽が出ることのない嵩に、一躍スポットが当たるときがきた。今田美桜主演のNHK連続テレビ小説『あんぱん』の第21週「手のひらを太陽に」が放送された。
前週ラストでそのヒントとなる場面が描かれ、期待をつなぐかたちで放送された今週は、そのヒントから皆がよく知る名曲「ぼくらはみんな生きている」として形となっていくところからスタートする。
北村匠海演ずる嵩が書いた詞に、
「なんか漫画みたいな歌詞ですね。ほめ言葉です。すばらしいです」
と、たくや(大森元貴)は絶賛しながらメロディをのせ、歌手・白鳥玉恵(久保史緒里)が歌った曲は、『NHKみんなのうた』にも採用され、多くの人に口ずさまれる曲となる。これがきっかけとなり、嵩にはさまざまな仕事が舞い込むようになり、大忙しの日々を送ることとなる。
その仕事のひとつが、NHKのディレクターである健太郎(高橋文哉)が手がける番組『まんが教室』への出演だった。まばゆいスポットの当たるはなやかな世界に足を踏み入れても、1回目の生放送で緊張のあまりカバの絵をうまく描けず司会者の落語家にいじられしょげてしまう姿は、根っこは〝たっすいがの嵩〟であることに変わりはないことがわかり、少し安心する。
しかし、嵩は漫画そのもので評価されたわけではなく、嵩のキャラクターに注目が集まってしまうことの皮肉さというか理想と現実のギャップが、嵩の性格に寄り添うようなデリケートさをうまく表現しているところには、このドラマの登場人物の丁寧な描き方、ブレのない描き方をあらためて感じる。
作詞家としても評価され、次々舞い込む仕事をこなし続けていくものの、本当にやりたいこととは違うことに忙殺され時間が過ぎていく。漫画家・柳井嵩としての焦りをかき消すように他の仕事を次々受け目の前の悩みから目をそむける。このあたりの微妙な感情のバランスを、静かで穏やかな雰囲気のまま表現する北村匠海の演技には感嘆するばかりだ。
「うちの人はこのまま漫画を描くのを辞めてしまうんでしょうか」
と、八木(妻夫木聡)に思わずたずねるのぶ。八木はこう返事した。
「天才は、スランプの波も大きいからな……天才に化けるか、凡人で終わるかは、苦しくても続ける努力ができるかどうかだ」
兵隊時代に嵩の上官であった頃から、環境や関係性は変わりつつも嵩とのぶの近くにずっといて、壁に当たったときには諭してくれる理解者的存在であり続ける八木らしい一言だ。
のぶも大きな壁にぶつかっていた
そんなのぶも大きな壁にぶつかっていた。当時の社会では女性の社会進出はまだまだ十分なものではなく、男女雇用機会均等法の制定もまだまだ先の話だ。女性は「寿退社」という言葉とともに結婚退職するのが当たり前とされた時代。現代もなお、そういった風潮の名残は一部にあるかもしれないが、既婚女性が仕事を続けることはきわめて稀なことだった。結局、上司からの「肩たたき」に合い、のぶは退職することになる。
「仕方ないのよ。女子社員は若くて素直で、結婚したら会社を辞めて家庭に入る。そういうひとを会社は望んでいるのよ」
のぶの言葉が強く刺さる。
独身でフリーランスのライターとして奮闘する次女の蘭子(河合優実)、2児の母として頑張る三女メイコ(原菜乃華)との三姉妹それぞれの現状のコントラストも、のぶの空虚さを印象深く際立たせる。かつて「はちきんのおのぶ」「愛国心の鑑」と呼ばれ、一時期は代議士の秘書としても活躍したのぶの輝きはすっかり失われてしまっていた。
