筋肉は裏切らない「でも私は裏切られた」80歳の元ミス日本代表・谷 玉惠さんが描く【私小説・透明な軛#4】
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谷 玉惠
今年の夏、80歳を迎えた元ミス・インターナショナル日本代表、谷 玉恵さん。年齢を感じさせない凛とした佇まいは、今も人を惹きつけます。そんな谷さんが紡ぐオリジナル私小説『透明な軛(くびき)』を、全6回でお届けします。第4回は「知られざる真実と対決の時」。
※軛(くびき)=自由を奪われて何かに縛られている状態
▼第3回はこちら▼
>>夫婦のすれ違い、嵐の前夜——80歳の元ミス日本代表・谷 玉惠さんが描く、愛のゆらぎ【私小説・透明な軛#3】#4 知られざる真実と対決の時
まるで私立探偵のように
話を最初の「疑惑の朝」(第1回【私小説・透明な軛#1】)に戻そう。
その朝、秀雄は早朝に出かけ、知香は夫の持ち物の写真を手がかりに、浮気相手のあたりをつけた。
長い1日がやっと終わった。夫からの電話はなかった。夜7時、もう帰宅しているはずだ。
2回目の呼び出し音で、夫が出た。
「なぜ電話をくれなかったの。証拠は押さえたわよ。わかってるでしょう、どうなるか」
「なんでもないよ、本当に」
「そう、なんでもないのね? じゃあ、どこに行っていたの?」
知香は爆発寸前だった。職場でスタッフがいなければ怒鳴り散らしていたに違いない。
「海だよ、帰ってから話す」
ガチャと、受話器を手荒く置いた。案の定、夫は白状しない。そのことを想定して、家を出る前に女の住所を書き写しておいた。女の家を探し当て、その近くから電話をかければ、さすがに観念するだろう。と同時に、直接、女にも会ってみたかった。
女は中野区に住んでいた。中央線の中野駅下車。知香にはサンプラザぐらいしかなじみのない土地だ。
タクシーで家の近くまで行った。大通りを一本奥に入ると住宅街で、昔から住んでいる人が多いのか古い家が並ぶ。時々、ポツンと新しいアパートが目についた。周りには商店街らしいものはなく、閑静なところだ。住所表示を頼りに行きつ戻りつしながら、やっと目的の住所にたどりついた。白い壁の新しい木造モルタルのアパートだった。6世帯用の郵便ポストのひとつに「中田」とある。2階の角部屋に灯りがともっている。
まるで私立探偵のようだ、と知香は思った。こそこそ動き回るからドロボー猫のようにも思えた。夫が通って来た道。車はどこへ止めていたのだろう。パーキングはあるのだろうか。たいして広くない道路だから、アウディー100の大きな車体では長くは置けなかったに違いない。
