朝ドラ【風、薫る】女郎・夕凪を救う現場で浮かぶ、実習生の甘さと看病婦ヨシのたくましさ
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田幸和歌子
1日の楽しみは、朝ドラから! 数々のドラマコラム執筆を手がけている、エンタメライター田幸和歌子さんに、NHK連続テレビ小説、通称朝ドラの楽しみ方を毎週、語っていただきます。近代看護界の先駆者となった2人の女性を主役とする物語。「風、薫る」のレビューで、より深く、朝ドラの世界へ!
※ネタバレにご注意ください
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>>朝ドラ【風、薫る】「寂しくて、嬉しいです」に見えたりんの成長、直美の“嘘”も気になる直美のアイデンティティの追求と
『明治のナイチンゲール 大関和物語』(田中ひかる・中央公論新社)を原案とし、激動の明治時代を駆け抜けた二人のナースを、見上愛・上坂樹里のダブル主人公として描くNHK連続テレビ小説『風、薫る』の第10週「疾風に勁草を」が放送された。
二人の主人公のうち、これまでのストーリーはどちらかといえばりん(見上愛)寄りのトレインドナース成長物語の一面にスポットを当てられるかたちで進行していったような雰囲気はある。元家老の家系のりんと、生みの親すら知らない孤児の直美(上坂樹里)というある意味対照的な育ちのふたりのコントラストを意識しつつ、さまざまな状況に向き合いながら少しずつ心の中で絆や信頼を深めていく様子が自然と描かれてきた。
帝都医科大学附属病院での看護婦見習いとして二人が奮闘する日々、ここ数週横軸のひとつとして描かれているのが、直美の母親らしき存在、女郎の「夕凪」の存在である。ある日、道を歩いていたところ、「お前は、夕凪か!?」と夕凪の「なじみ」だった男性に声をかけられたところに端を発した夕凪という名の女性に迫る展開が、詐欺師の寛太(藤原季節)を介して進んできた。
第10週の中盤以降、夕凪と直美に関するストーリーが大きく動く。前週、直美が母親という存在にこだわるのは、自分自身と向き合うため、自らのアイデンティティを確認するためにも母に会わなければならないという思いが看護を学ぶうちに出てきたことを寛太に語っていた。自分が何者なのか、どこからきたのか。極めて普通のことかもしれない根源が不明であることからの不安定さは実際にそういう環境の者でなければはかりしれない部分もあるかもしれない。
直美の内面の変化は、今週描かれた、直美を見守ってきた牧師の吉江(原田泰造)に、
「息をするのが楽そうに見えます」
と言われたりすることからもうかがい知ることができる。それは看護実習生たち仲間の存在なども含め、「寂しくなくなっただけかも」と言う直美に吉江はこう返した。
「寂しいと言えるようになったんですね」
これまでどこか孤独を抱え続けてきた直美の変化と成長が感じられるセリフである。直美は着実に自分の存在意義に近づいている。
さて、りんともに、直美は内科で実習することになった。ある日、服毒による心中をはかった男女が附属病院に搬送されてくる。その患者の女性こそがまさに女郎の夕凪(村上穂乃佳)であった。ここで一気に運命的な展開に進むかと思いきや、その前に当時の人権感覚が立ちはだかってきた。
元来、生命は平等である。現代の我々が当たり前に思う感覚も、日本に限った話ではないが、明治期の社会においては、御一新を迎えたといえども武士の時代の封建社会から続く身分や階級による格差社会が成立していた。
同時に搬送されたにもかかわらず、当たり前のように「女郎は後だ」と医師は言い、ベッドにすら寝かせてもらえなかった。この時代では生命は平等ではなく、格差のもとに価値が判断されるものである。強くつきつけられる現実に胸が痛む描写である。
