『わたしの書、頁を図る』で舞台初主演の【木村多江さん】自らも人間関係に傷ついた経験が。「孤独な主人公はかつての私」
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依田邦代
子どもの頃は公園にいるみんなに声をかけて遊ぶほど社交的だった木村多江さん。その後、さまざまなことから人間不信に陥り、人とのコミュニケーションを避けた時期があるという。それは、まさに今度の舞台で演じる主人公の姿に重なる。今はかつての社交性を取り戻したという木村さんに、その間の葛藤を聞いた。
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木村多江さん
きむら・たえ●東京都生まれ。学生時代から舞台活動を始め、96年ドラマデビュー。以後、数々の映画やドラマに出演し、2008年の初主演映画『ぐるりのこと。』で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞など多数受賞。NHKBS「美の壺」の天の声を担当し、NHK Eテレ「木村多江の、いまさらですが…」に編集長役でレギュラー出演している。映画『Never After Dark』、『おそ松さん 人類クズ化計画!!!!!?』にも出演中。初主演となる紀伊國屋書店創業100周年記念公演『わたしの書、頁(ページ)を図る』は7月3~19日に東京・紀伊國屋ホールで上演される。日本舞踊(師範)、野菜ソムリエの資格をもつ。
一緒に舞台に立つ人は仲間ではなく敵?
人生は次に何が起こるか誰も予想がつかない。それはまるでページをめくるたびにストーリーが次々と展開していく本のようだ。
木村多江さんが主演を務める『わたしの書、頁を図る』は図書館を舞台にしたお芝居。図書館職員の町子(木村さん)は、かつて人間関係で深く傷ついた経験を持ち、そのトラウマを抱えながら、人との関わりを極力避けて、本の中の妄想の世界に暮らしている。そんな町子に共感を覚えると木村さんは言う。
木村さんは幼い頃、公園で初めて会った子にも「一緒に遊ぼう!」と声をかけるほど社交的な子どもだった。ところが、小学生になると厳しい校風に馴染めず、先生に対する不信感が募り、だんだんと自己表現ができなくなっていった。そんな中、たまたま演劇に出合って演劇部に入り、クラシックバレエも習い始めた。
「演じているときと踊っているときだけはちゃんと呼吸ができて、唯一自分らしくいられる実感がありました。主人公の町子も妄想しているときだけが、自分らしくいられる時間だったんだろうと思います」
学生時代には本格的に演劇を始めた。同じ舞台で演じる者同士、強い仲間意識で結ばれていると信じていたのに、いざ舞台が始まると急にライバル視されたり、その他大勢の群衆役のときは「我こそは」と前に出て目立とうとする人たちに突き飛ばされたりすることもあった。
「『あれ? みんなで一緒に、という世界ではなかったのね』と愕然としました。また、仲良くなって食事に誘われ、『じゃあ、いついつね』と約束したにもかかわらず、そのあと連絡がぱったり来なくなったことも。それが単なる社交辞令だったとわかったときは落ち込みました」
演じることは自分の内なる感情をさらけ出すこと
その後も同じような出来事を経験し、舞台は「闘いの場」だと思うようになってから、木村さんは人と関わることよりも自分の役を責任を持って果たすことに集中するようになっていった。
「20代後半で映像の世界に入ってからは、ますます人との距離を置くようになり、内向きになっていきました。仕事仲間と連絡先の交換もしませんでした」
人間関係で傷つくと人は心にバリアを張り、その安全地帯から出られなくなる、と木村さんは考える。
「30代後半のとき、映画『ぐるりのこと。』(2008年)の撮影中にもある人から『助けて』と言われて手を差し伸べたら、いきなり手を離されて、ひどく傷ついたことがありました」
しかし、その頃からだんだんと「つないだ手を放されたとしても、その人が幸せならそれでいい」と思えるようになったという。
そのきっかけは撮影での経験だった、と振り返る。オファーされたのは子どもを失い、悲しみのあまりうつ病になっていく妻の役。橋口亮輔監督から初めに「木村多江のドキュメンタリーを撮りたい」と言われ、リハーサルの段階から自分の内にあるリアルな感情を呼び起こすことを求められた。ところがいざ撮影に入ると、どんなに工夫して演じても監督からなかなかOKが出なかった。
「自己嫌悪に陥り、誰ともコミュニケーションが取れなくなるほど追い詰められました」
その姿はまさに精神のバランスを崩していく妻の姿だった。撮影のクライマックスシーンでは過呼吸になり、震えが止まらなくなるほど。一発OKだったこのシーンの後も、しばらくは放心状態だったいう。
木村さんのこの作品での演技は高く評価され、日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞やブルーリボン主演女優賞を受賞した。
