【光る君へ】紫式部(吉高由里子)の弟・惟規(高杉真宙)と一条天皇(塩野瑛久)が去り、いよいよ物語は終盤へ
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志賀佳織
そして第40回は「君を置きて」である。また別れの予感に満ちたタイトルだ。この回の驚くべきは、最初から最後まで、ほとんど主人公であるまひろが言葉を発しなかったことだ。では今回は彼女の存在感がなかったのかと言えば、決してそんなことはない。むしろ、その表情はあれこれと口にできない思いを語って雄弁だ。台詞なしでもここまで語ることができる吉高由里子に脱帽である。
寛弘八(1011)年、内裏の藤壺では『源氏物語』の朗読会が開かれていた。「藤裏葉(ふじのうらば)」の巻が朗読されると、敦康親王はまひろに、藤壺女御は光る君をどう思っていたのだろうかと尋ねる。曖昧に微笑むだけのまひろに、敦康親王はこう述べる。「それなら藤壺は光る君をいとおしんでいたと思うことにします」
しかし、物語に敦康親王と彰子を重ねて危険を感じている道長はピシャリとこう返す。「たとえ藤壺の思いを得たとしても、光る君は幸せになれなかったと思いますが。不実の罪は必ず己に返ってまいりますゆえ」。知らぬとはいえ、道長とまひろ、賢子のことも重なって見えてしまうだけに、人の世のままならなさ、それをこの時代に描いた紫式部という人の才能を改めて感じる場面だ。
ある晩、彰子は一条天皇に、寒い冬の日でも暖かいものを羽織ることのないのはなぜかと尋ねる。すると天皇は「苦しい思いをしている民の心に近づくためだ」と答える。まひろの導きで『新楽府(しんがふ)』を学んでいる彰子が、「お上は、太宗(たいそう)皇帝と同じ名君であられます」と言うと、天皇も喜ぶ。「中宮は、そのように朕を見てくれていたとは気づかなかった。嬉しく思うぞ」
しかし、また天皇は苦しそうに胸を押さえる。そして翌日には床に臥してしまった。病状を心配した道長は、赤染衛門(あかぞめのえもん/凰稀かなめ)の夫で和漢の才に秀でた学者・大江匡衡(まさひら/谷口賢志)に占わせる。するとその答えは非常にショッキングなものだった。「占いには代(よ)が変わると出ましてございます。おそれながら崩御の卦(け)が出ております」。この会話を隣の夜御殿(よんのおとど)で寝ていた一条天皇が聞いてしまったのだった。
道長は公卿たちを清涼殿に集め、一条天皇の譲位に向けて準備をしていくことを諮る。藤原実資(さねあつ/秋山竜次)は天皇の年齢を考えると若すぎると反対するが、ほかに反対する者はなかった。道長は土御門殿に四納言を集め、さらに敦成親王を次の東宮にすることについて意見を仰ぐ。行成だけが東宮になるべきは第一皇子である敦康だと反対したが、ほかの3人は実資と敦康親王の後見役・藤原隆家を説得すると約束した。
5月、一条天皇は道長に、自分は譲位すると告げる。東宮と会って話がしたいと言い、道長からそれを聞いた居貞親王も快諾する。一条天皇の病状は悪化、死を意識した天皇は行成を呼び、次の東宮には敦康をと告げるが、行成がこれに言葉を返す。文徳(もんとく)天皇の第四の皇子であった清和(せいわ)天皇を引き合いに出し、清和天皇が東宮になれたのは重臣(じゅうしん)である外戚(がいせき)がいたからだと述べた。すなわち敦康よりは、道長という重臣を祖父に持つ敦成親王のほうが東宮にふさわしいと。
一条天皇は力なく「わかった」とその進言に従った。当初は道長の方針に異を唱えていた行成が、このような働きをするところに、行成の道長への忠誠心が見て取れる。報告を受けた道長も「またしてもお前に救われたか」と行成を労う。
敦成親王を東宮にという報告を受けた中宮は、敦康、敦成二人の母親である自分に何の相談もなく道長が勝手に推し進めたことに激怒する。しかし「政を行うは私であり、中宮様ではございませぬ」という道長の一言を受け、まひろの前で泣き崩れるのだった。
6月13日一条天皇は譲位、居貞親王が三条天皇となり、敦成親王が東宮となった。敦康親王は事実を隆家から告げられると静かに受け止めた。一条天皇は出家し、6月22日に崩御した。
場面は一転、乙丸を連れて買い物に出た賢子であるが、瓜を盗人に奪われる。追いかけていくと盗人の仲間たちに囲まれて襲われかけてしまうが、そこへ前々回に登場した謎の若者(伊藤健太郎)が現れて間一髪、賢子を助けてくれる。双寿丸(そうじゅまる)と名乗る若者は、賢子と乙丸を屋敷まで送り届ける。
食事を振る舞って話を聞くに、彼は平為賢(ためかた/神尾佑)に仕える武者なのだという。そこへまひろが帰ってきた。「誰?」「あなたこそ誰?」。かつての登場人物・直秀(なおひで/毎熊克哉)を少し彷彿とさせるこの若者が、どんな嵐を巻き起こしてくれるのか。またこちらの展開も楽しみだ。
ところで今回のタイトル「君に置きて」は、一条天皇の辞世の御製(ぎょせい)から取られている。
露の身の風の宿りに君を置きて塵を出でぬることぞ悲しき
この「君」が11年前に他界した皇后・定子なのか、あるいはのこしていく中宮・彰子なのか、見解は分かれるところだという。しかしドラマの中では、行成がその日記『権記(ごんき)』に「御志在寄皇后但」と書く場面があったことから、これは亡き定子に寄せたものではないか、とも。一条天皇を演じた塩野瑛久は、NHK公式ホームページ内の「君かたり」というインタビューの中で「そこは見てくださっている方の判断だったりとか、そういったものに委ねようかなと思っていて」と話している。彰子への気持ちも「僕なりの正解があって演じていた」というところも響く。ぜひこの言葉をかみしめて、もう一度見てみたい。
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