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【べらぼう】江戸のヒットメーカー・山東京伝(古川雄大)と恋川春町(岡山天音)のユニークな生涯とは?

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鷹橋 忍

【べらぼう】江戸のヒットメーカー・山東京伝(古川雄大)と恋川春町(岡山天音)のユニークな生涯とは?

大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」第29回より ©NHK

横浜流星さんが主人公・蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう/蔦重)を演じる、2025年NHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめものがたり)〜」。当時の文化や時代背景、登場人物について、戦国武将や城、水軍などに詳しい作家・鷹橋 忍さんが深掘りし、ドラマを見るのがもっと楽しくなるような記事を隔週でお届けします。今回は「山東京伝」と「恋川春町」をメインに取り上げます。

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大河ドラマ『べらぼう』第28回「佐野世直大明神」と第29回「江戸生蔦屋仇討(えどうまれつたやのあだうち)」が放送されました。第29回では、最高傑作といわれる『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』が、岡山天音さんが演じる戯作者・絵師の恋川春町などが次々と登場する劇中劇で描かれ、話題となりました。

そこで今回は、『江戸生艶気樺焼』の作者・古川雄大さんが演じる山東京伝(さんとうきょうでん/北尾政演[まさのぶ])と、恋川春町について取り上げたいと思います

「山東京伝」という筆名の由来は?

戯作とは本来、知識人が戯れに執筆する著作(佐藤至子『山東京伝 滑稽洒落第一の作者』)のことで、山東京伝は江戸時代後期の代表的な戯作者であり、絵師でもあります。

京伝は、宝暦11年(1761)8月15日に、江戸の深川木場で質屋を営む岩瀬伝左衛門の長男として生まれました。寛延3年(1750)生まれの蔦屋重三郎よりも11歳年下となります。なお、山東京伝は筆名で、本名を岩瀬醒(さむる)、通称を伝蔵(でんぞう)といいます。

安永2年(1773)、京伝が数えで13歳の時に父が養家を離れ、京橋銀座一丁目にある町屋敷の家主(管理人)となったため、京橋に居を移しました。山東京伝の筆名は、この京橋銀座一丁目が江戸城内の紅葉山の東にあたり、京橋に住む伝蔵と呼ばれたことに由来します。

京伝、人気作家に

安永4年(1775)頃、山東京伝は橋本淳さんが演じる北尾重政(しげまさ)に入門して浮世絵を学び、北尾政演と称しました。蔦重との仕事も絵師からはじまっており、同年に蔦重が出版した、富本正本『色時雨紅葉玉籬(いろにしぐれもみじのたまがき)』の役者絵を描いています。京伝が18歳の時のことです。

画才だけでなく文才にも恵まれた京伝は、北尾政演の名で絵師を務めながら、山東京伝として戯作も手がけていきます。作者として「京伝」の号をはじめて用いたのは、安永9年(1780)に鶴屋から刊行された青本『娘敵討古郷錦(むすめかたきうちこきょうのにしき)』だといいます(佐藤至子『蔦屋重三郎の時代 狂歌・戯作・浮世絵の12人』)。『娘敵討古郷錦』には「画工 北尾政演」「京伝戯作」と記されています。

天明2年(1782)、京伝が22歳の時に鶴屋から出版された青本『存商売物(ごぞんじのしょうばいもの)』が、桐谷健太さんが演じる大田南畝(なんぽ)の青本評判記『岡目八目(おかめはちもく)』で最高位にランキングされ、一躍、その名が知れ渡りました。

蔦重も京伝に執筆を依頼するようになり、2人は数々のヒット作を生み出していきます。天明5年(1785)に出版された、前述の『江戸生艶気樺焼』(山東京伝作・北尾政演画)は、青本の歴史上でも指折りの傑作といわれています。また洒落本(遊里小説)にも進出し、第一人者の地位を得ました。

【べらぼう】江戸のヒットメーカー・山東京伝(古川雄大)と恋川春町(岡山天音)のユニークな生涯とは?(画像2)

大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」第28回より ©NHK

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