筋肉は裏切らない「でも私は裏切られた」80歳の元ミス日本代表・谷 玉惠さんが描く【私小説・透明な軛#4】
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谷 玉惠
許せないのは女ではなく……
「おとなしい人だから、自分からではないと思っていたけど、やっぱり。でも、その場の雰囲気というのもあるでしょうけれど」
急にのどが乾いた。
「やっぱり何か飲み物をくださる?」
「麦茶でいいですか?」
「ええ」
緊張しているのを悟られないようにコップを口に運んだが、手が小刻みに震え、おまけにごくっとのどがなった。女は神妙にしている。
「主人とは、何か約束でもしているのかしら?」
「いいえ」
「結婚の約束は?」と聞いてみたかったが、思いとどまった。
「別れるつもりだから、あなたにあげる。優しい人だからいいんじゃない?」
寝取られた悔しさを見せることなく、最後までかっこよく振舞うつもりだった。女は体を硬くして聞いている。
「主人は私のことを何か言ってなかった?」
「いえ、何も」
「私が気が強いとか何とか……」
「いいえ」
変な質問をしていることが、自分でもおかしかった。夫がなぜ浮気をしたのかどうしても知りたかったが、聞き出すこともできない。腹立だしさを抑え、「もうどうでもいい」と思うことにした。
「春頃からですって?」
「2月ごろからです」
夫は「春頃」とお茶を濁したが、実際は2月だった。てっきりゴールデンウィークからだと信じていた自分が滑稽だった。
「それで、慰謝料を払ってもらいます。主人からもとりますが、200万くらいと思ってください」
女の顔つきが変わったように見えたが、反論する気はなさそうだった。
「弁護士からも連絡させますから」
言いたいことを言い、知香は立ち上がった。慰謝料を口にしたのは脅しでもあり、そうでもしなければ気持ちが収まらなかった。一番大切だった宝物を奪った代償としては、当然の報いであることを思い知らせたかった。
女に送られて部屋を後にした。不思議なことに、心はさっぱりしていた。彼女が素直だったせいだろう。まだ若い。もうすぐ50に手が届く自分よりは、夫にとってさぞ楽しい相手だったろう。女に対して悔しいというより、許せないのは夫自身だった。
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