松井久子さんが描く、75歳と86歳の恋愛と結婚『最後のひと』。実体験を踏まえて、美しくポジティブに
75歳になって、86歳のひとを好きになって何が悪いの? 松井久子さんの『最後のひと』をご紹介しましょう。70代女性の性愛を描いたベストセラー『疼くひと』の続編です。76歳で再婚した著者の実体験を踏まえた本作品。何歳になっても誰かと愛し合う関係でいたいという、ポジティブな思いがこめられています。
76歳で再婚した自身の体験を重ねて
テレビドラマのプロデューサーや映画監督として、映像の世界でキャリアを積んできた松井久子さん。2021年、初めての小説『疼くひと』で70代女性の性愛を描き、本はベストセラーとなった。
「高齢者の恋愛や結婚は、欧米では当たり前ですが、日本ではそうではありません。特に性愛に関しては、『いい年をして』などと、タブー視されてきました。『疼くひと』を書いた後、離れていった友人もいました。
でも、そういうことはいくつになっても、とても大事なことだと思います。そして、人生において大事なことを美しく表現する人間が必要だと思いました。ただ、セクシャリティを映像で表現するには制約が多すぎるので、小説にしました」
人生において大事なことを、美しくポジティブに描きたい。そう語る松井さんが、続編として発表したのが本書『最後のひと』だ。
主人公の燿子は75歳。社会からの「外され感」を味わっていたが、市民講座で出会った86歳の哲学講師・理一郎にメールを送ったことから、思わぬ扉が開いた。語り合い、食事をし、ベッドを共にした2人は、やがて「残りの人生を共に生きたい」と思うようになるが……。
実は、この作品は松井さん自身の実体験を踏まえている。21年10月、松井さんは市民講座で思想史家の子安宣邦さんと出会う。そして22年7月に結婚。そのとき、松井さんは76歳、子安さんは89歳。結婚した今も、夫を「先生」と呼んでいる。
「女性のことはわかっても、男性については知らないことばかり。ですから、つい先生に取材したくなります。でも、彼の人生を俎上にのせることは、できればしたくない。かといって、真実を超えるような創作は思いつかない。そこに葛藤がありました。
実際に書いたものを彼に読んでもらうと長い沈黙が……。苦しんでいるのだろうと思いました。こんなに苦しむのならやめましょうと言いました。(結婚して)今が幸せだから書かなくても生きていける、と伝えました。すると彼が、『ものを書かなくなったら松井久子じゃないでしょう』と言ってくれたんです」