95歳、現役歌人・馬場あき子さん。「歌があるから、元気でいられる。歌があるから、人とつながることができる」
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ゆうゆう編集部
型の中に気を込めるのが日本の芸能文化
「私たちは、気を吸って生きているんじゃないかと思うんです。元気の気、天気の気、気分の気、気功の気……気はとても大事なもの。短歌も能も、いえ生きること自体が、気を感じ、取り入れ、自分の中にある気を誘い出すことなのかもしれない」
短歌にも能にも、型がある。その型とも、気は密接に関わっているという。
「型を通してしか表現できないとなると、そこに気を入れなければいけないわけですから」
すっくと立ち上がり、馬場さんは膝を少し曲げて、重心をやや低くし、肘をやや内側にまるく曲げた。能の「構え」である。仰ぎ見るように右手を持ち上げる。
「たとえば、『立ち出でて 峰の雲』と謡うときに、峰の雲が見えなきゃいけないんです。型ひとつで、その人が何を見ているか、遠くなのか、近くなのか。それを表現しなくてはならない。同じことをやっていても、人によって全然違う。型も見るけれど、型に込められたその人の精神、魂、歴史などさまざまなもの、すなわち気を見るのが日本の芸能文化で、面白いところだと思います」
厳しさはあたたかさ。ほんとのこと言っていい?
最近は、若い歌人も増えている。
「我々は古い言葉しか知らないけれど、若い子の短歌にはいろんな新しい言葉が入っているんです。わからない言葉はすぐにスマホで検索します。スマホがないと、今は選歌もできません。漫画やお笑いにも自然に詳しくなりました」
お笑い番組をテレビで楽しむこともあるが、番組は選んでいるそうだ。
「もともとお笑いは好きなんです。でも、芸人が出るバラエティ番組は見なくなりました。端っこの芸しか出していない気がして。私が見るのは、『キングオブコント』や『M-1グランプリ』など、真正面から笑いに挑んでいる番組です。審査員の気持ちになって、真剣に採点することもあるのよ」
馬場さんが「75点」としたものに、審査員が「95点」など高得点をつけようものなら、この人は何か忖度しているに違いないと、審査員にも、心の中で「×」をつける。
「見て笑っていても、瞬発的な面白さだから、すぐに忘れてしまう。忘れないで残っているものがあれば得をした気持ちになります」
お笑いでも、漫画でもゴキブリでも、何でも素直に面白がるのが達人・馬場さんなのである。ただし、ひとつ気になっていることもある。
「人を傷つけない笑いばかりになってきましたよね。人のつき合いもそう。ほめ合うことでつながっている関係が増えてきているようで、それが何とも気持ち悪い」
若い頃、馬場さんの歌に厳しい批評をくだす先輩がたくさんいた。
「厳しさはあったかさでもあったんです。先輩がこんなに真剣に怒ってくれるのは自分を買ってくれているからだと思えたのね。怒られてもそのあと一緒に一杯飲んだりもするし、焼き鳥をおごってもらったりして。そういうことが今、できなくなっている気がします。酷評したら決裂になってしまうことにもなりかねない。関係修復もできにくい」
だから、最近では、誰もが8割ほめて、2割だけ本音を言うようになっているのだとか。上げて落とすという方式だ。
「この風潮はとても残念なことですよ。でも、ほんとのこと言っていい?と聞いて、相手がうなずいたら、私は言うんです。伝えなければわからないことがありますから」