100万部超えのベストセラー作家の初挑戦【町田そのこさん】実在の事件をベースに書かれた衝撃のサスペンス
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ゆうゆう編集部
『52ヘルツのクジラたち』で2021年本屋大賞を受賞後、『星を掬う』『宙ごはん』で同賞に3年連続ノミネート。注目の作家・町田そのこさんに、初めて挑んだサスペンス巨編『月とアマリリス』について伺いました。
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『月とアマリリス』
町田そのこ(著)
小学館(刊)
地元の山で白骨遺体が発見されたのを発端に、元事件記者・飯塚みちるが過去の事件に苦しみながらも真相に近づいていく。生きることが難しい登場人物たちの人生に愛情が注がれている。
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2時間の取材で物語の8割が生まれました
心に傷を負った人、生きづらさを抱える人など、弱者にやさしく寄り添い、心あたたまる作品を生み続けてきた町田そのこさん。2021年に本屋大賞を受賞した『52ヘルツのクジラたち』は、100万部を超える大ベストセラーとなった。
『月とアマリリス』は初めて手がけたサスペンス。なぜ、新しいジャンルのものを書こうと思ったのだろう。
「これまでとは違ったものにチャレンジしたいと思っていたら、編集の方から『実在の事件をベースにしたサスペンスは?』とすすめられたんです。自分の中にはなかった選択肢なので驚きましたが、やれるだけやってみようと」
実在の事件とは、20年以上前、類のない残忍さで世の中を震撼させた北九州監禁連続殺人事件。町田さんの地元で起きた事件だ。
「資料を読み始めたのですが、凄惨さに気分が悪くなり、こんなに心がひきずられるようでは書けない、となりました。それで架空の事件を考えて書くことに。主人公は事件記者に決めたのですが、実際の事件記者がどう仕事をしているか漠然としたイメージしかなくて、ノンフィクションライターの宇都宮直子さんに、お話を伺うことになったんです」
週刊誌の編集者も同席し、事件取材の方法などのディテールを取材。
「歌舞伎町のホストに貢ぐ女の子の話なども聞きました。未知のことがたくさんあって。次々と浮かんでくる疑問に、皆さんがひとつひとつ答えてくれました。私の想像の接ぎ穂をもらうことで、2時間の取材の間にストーリーの8割が生まれてしまったんです。あんな経験は最初で最後だと思います。
これまでプロット(筋書き)は数行で見切り発車だったのが、今回はストーリーの頭から最後まで浮かんできて。プロットにまとめたら原稿用紙100枚を超えていました」
たった2時間の取材で今作のドラマチックなストーリーが出来上がったというのだから、驚くばかりだ。
登場人物ひとりひとりの人生に想いをはせたくなる
本作の主人公は北九州市のタウン誌のフリーライター、飯塚みちる。東京で週刊誌の事件記者をしていたが、あるいじめ事件の取材をきっかけに挫折し、仕事も恋人も手放して故郷に戻ってきた女性だ。葛藤を抱えながらも、地元の山で発見された白骨遺体の真相を追うことになる。
白骨遺体は誰なのか、どのような犯罪、人間ドラマが隠されているのか、ストーリーはもちろんだが、心惹かれるのが登場人物のひとりひとり。重要な人物のみならず脇役も皆、その息遣いが伝わってきて、身近な存在として感じられるのだ。
「初めから作品の骨組みができていたことで、これまで以上に丁寧に、ひとりひとりのバックボーンなどを作り込むことができたと思います」
サスペンス作品ではあるが、本書にはいじめや虐待、共依存、被害者と加害者、ヤングケアラーなど、多くの社会問題がちりばめられている。いまだに根強く残る「女の子は結婚するのが幸せ」「家庭の中では男の子が重んじられる」などといった、家庭内の男女差別の問題も。
「日本のどこにでも確実にある問題。書けてよかったと思います」
「続きが読みたい」という読者の声にオロオロしています
本書で描かれる犯罪、罪を犯した人々の生きざまは痛ましく、重く辛いが、読後は心に小さな灯がともったようなあたたかさを感じる。これも、町田さんの作品ならでは、だろう。登場人物がその後どうなるのか、続きが読みたくなった。
「私は書ききったことに安堵するばかりだったので……。『みちるの活躍をもっと読みたい』と読者の方に言われてオロオロしてます」
小説の最初の1行にはこだわりがあるという町田さん。
「最初の1行が出ないと2行目が書けないんです。自分自身が『この1行からどんな物語が始まるんだろう』とワクワクしないと、読者を惹きつけられないと思って。よい意味でひっかかりのあるものを探しています。3日くらい悩んで1行がポンと出たら、いきなり5000字くらい書けることもあります」
プライベートでは3人の子の母。
「今年の春は3人の卒業と入学が重なって、もう大変でした。普段用事がなければ一日中パジャマでパソコンに向かっていますが、卒業式と入学式ですからそれなりの格好で出かけて。子どもたちからは、『久しぶりに人間っぽい格好をしている』って言われました(笑)」
「女による女のためのR‒18文学賞」に応募して大賞を受賞してから来年で10年。町田さんは作家としてのピークはもっと先にあると考えている。人生にこなれてきた60代頃に来るのが理想だと話した。
PROFILE
町田そのこさん
まちだ・そのこ●1980年福岡県生まれ。
2016年「カメルーンの青い魚」で第15回「女による女のためのR-18文学賞」大賞受賞。2017年デビュー。著書に『52ヘルツのクジラたち』『宙ごはん』、「コンビニ兄弟」シリーズなど。福岡県在住。
※この記事は「ゆうゆう」2025年8月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。
取材・文/田﨑佳子
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