【中森明菜さん】デビュー2年目のストーリー。「1/2の神話」は、当初は「不良1/2」だった
ゆうゆう世代に大人気の中森明菜さん。4月19日、20日に大分市の野外フェスのステージに登場して話題です! 明菜さんが時代を象徴するスターへと駆け上がっていく初期3年間に関する本コラム、第2回はデビュー2年目の1983年にリリースされた楽曲にまつわるエピソードをご紹介します。
(写真提供:ワーナーミュージック・ジャパン)
▼前回はこちら▼
【中森明菜さん】の「少女A」歌唱ストーリー:涙を流した猛反発から堂々と歌い切るまでの軌跡「不良1/2」だったタイトルが「1/2の神話」に
ロマンティックなバラード曲「セカンド・ラブ」(1982年11月)がヒットチャートの1位を独走するなか迎えた1983年。明菜さんの初代ディレクター・島田雄三氏は次のシングルとして「1/2の神話」(1983年2月)を制作します。前作とは180度異なる、疾走感のあるロックチューン。出世作となった「少女A」(1982年7月)に連なるツッパリ路線の楽曲です。
初期の明菜さんは対照的なタイプのシングルを交互にリリースしていましたが、それは島田氏の狙いでもありました。彼女との会話から少女の優しさと強さ、両面を感じ取ったことから、音楽でその二面性を打ち出そうとしたわけです。新人離れした歌唱力と表現力を備えた明菜さんだからこそ可能だった戦略と言えるでしょう。
「今度は攻撃的な楽曲で、強めの明菜を打ち出したい」
そう考えた島田氏は作詞家の売野雅勇さんから推薦された大澤誉志幸さんに作曲を依頼します。のちにシンガーソングライターとしてヒットを連発する大澤さんですが、当時はソロデビュー前の新進ミュージシャン。「少女A」もそうでしたが、明菜プロジェクトは作家の知名度や実績よりも、コンセプトに合う作品を求めていたのです。
明菜さんの歌はほとんどが曲先(先にできたメロディにあとから詞をはめる方法)で制作されており、このときも大澤さんのメロディに売野さんが詞を乗せます。「それでもまだ 私悪くいうの いいかげんにして」の決め台詞が印象的な本作は、その一方で主人公のナイーヴな内面も描写。「少女A」の世界観に抵抗を示した明菜さんへの配慮だったのでしょう。当初「不良1/2」だったタイトルも「1/2の神話」に変更されました。
こうして完成した「1/2の神話」はオリコンで6週連続の1位を獲得。明菜さんは「ブレイクした翌年は苦戦する」という“2年目のジンクス”を吹き飛ばします。4カ月に1枚のペースでリリースしていたアルバムも50~60万枚の連続ヒットを記録。2年先輩の松田聖子さんと並ぶトップアイドルの座を確立します。
「トワイライト-夕暮れ便り-」で一服
「そろそろ一息入れて、流れを変えたい」
デビュー以来、ハイペースで制作を続けていた島田氏はやがてそう考えるに至ります。但し、初期の二面性路線に代わる明確なコンセプトが設定されるのはもう少し先のこと。5作目のシングルは「スローモーション」(1982年5月)や「セカンド・ラブ」を手がけた来生えつこさん(作詞)・たかおさん(作曲)の姉弟コンビにみたび委ねられました。それが「トワイライト-夕暮れ便り-」(1983年6月)です。
「絵画的で、日本的で、聴いていてホッとする穏やかな楽曲」。島田氏がそう語る「トワイライト」は情景が浮かぶ壮大なサビから始まるミディアムバラード。切々と歌い上げる明菜さんのボーカルが聴く者の心を捉えますが、当初はピアノとギターだけで聴かせる構想もあったといいます。結果として、初期バラード路線の最終作に位置付けられることになりましたが、実は第2期の可能性を探るなかで誕生した1曲だったのです。
前例に囚われず、リスクや失敗を恐れない――。明菜プロジェクトが一貫して採った方針でした。アイドルらしいキャピキャピした曲でデビューしなかったこと、バラードとロックを交互に展開したこと、作家を固定しなかったこと。すべてが新人としては異例の取り組みで、その成功は多くのフォロワーを生み出しますが、誰も本家に及ばなかったのは皆さんご承知の通りです。
「禁区」のテーマは不倫だった
追われる立場になった明菜さんにどういう楽曲を作るか。新しい路線を模索していた島田氏が次への布石として手がけたシングルが「禁区」(1983年9月)でした。タイトルは中国語で「立ち入り禁止エリア」の意。作詞の売野さんがアリスの北京公演(1981年)に同行した際、現地の体育館で目にした文字に衝撃を受け、「いつかこのフレーズを使おう」と温めていたものです。
珍しく詞先で制作された本作のテーマは“不倫”。桃井かおりさんの主演で映画化され、不倫カップルを意味する“夕暮れ族”という流行語を生んだ吉行淳之介の小説『夕暮まで』に着想を得たものでした。しかし、最初の詞は当時18歳だった明菜さんが歌うには過激すぎたため、大人の男性との恋愛を思わせる表現に抑えられたとか。そう聞くと元の詞がどういう内容だったか気になりますが、なにせ40年前のこと。紙にも、関係者の記憶にも残っていないというから残念です。
それはともかく、その売野さんの詞にメロディをつけたのが細野晴臣さん。テクノポップで世界を席巻したYMOのメンバーです。このときは萩田光雄さんと共同でアレンジも担当し、テクノ調の楽曲を提供。プロジェクトの狙い通り、バラードともロックとも違う曲想で明菜さんの新しい魅力を引き出しています。
独特な振付と「それはちょっとできない相談ね」のフレーズが話題を呼んだ「禁区」は人気番組『ザ・ベストテン』(TBS系)で通算7週の1位を獲得。日本レコード大賞では2年目の歌手を対象としたゴールデンアイドル賞と、TBSから贈られる特別賞をダブル受賞し、初出場した紅白歌合戦でも披露されるなど、この年を代表するヒット曲となりました。
次回は1984年のシングル曲についてお話しします。どうぞお楽しみに。
中森明菜の世界観に浸りたい人に!
【中森明菜「全アルバム復刻シリーズ」】
★初代ディレクターの島田雄三氏が手がけたシングルA面11曲と、初期6作のアルバムから島田氏が1曲ずつセレクトした全17曲を収録。2022年12月に発売された最新のベストアルバム。
『Singles〜1981−85 中森明菜 11 Great Hit Singles+6 by Yuzo Shimada』★2023年5月に復刻されたベストアルバム。「スローモーション」から「SOLITUDE」まで初期のシングルA面13曲を網羅した1986年盤に、アルバム未収録のシングルB面2曲をボーナストラックとして収録。
『BEST (+2)【オリジナル・カラオケ付】<2023ラッカーマスターサウンド>【2CD】』★2022年9月に復刻されたキャリア初のベストアルバム。「スローモーション」から「禁区」まで初期のシングルA面6曲にアルバムからセレクトされた6曲で構成された1983年盤に、アルバム未収録のシングルB面3曲をボーナストラックとして追加収録。
『BEST AKINA メモワール(+3)【オリジナル・カラオケ付】<2022ラッカーマスターサウンド>【2CD】』
▼※2023年5月25日に配信した記事を再編集しています▼

オマージュ〈賛歌〉 to 中森明菜
島田雄三著
濱口英樹著
シンコーミュージック・エンタテイメント刊
本書は、1981年にオーディション番組『スター誕生!』(日本テレビ系)で彼女をスカウトし、ディレクター/プロデューサーとして足掛け5年(81~85年)彼女を担当した島田雄三(元ワーナーミュージック・ジャパン)の証言*を中心に、制作に関わった作家やスタッフにも取材し構成した「初期・中森明菜」の制作記録である。ひとりの歌好きな少女が時代を象徴するスターへと駆け上がっていく過程を、音楽的なこととその関連事項に絞ってドキュメンタリー的に描いている。
*CD[ワーナーイヤーズ・全アルバム復刻シリーズ」(ワーナーミュージック)の解説を再構成し、加筆したもの。
※「詳細はこちら」よりAmazonサイトに移動します