「フィンガー5」結成前夜の秘話。兄弟の窮地を救った大御所ミュージシャンとは?【晃さんのターニングポイント#1】
公開日
更新日
植田晴美
「リズム&ブルースをやっている スゴイ子どもたちがいる!」
レコードデビュー後も米軍基地を回っていて、3年ぐらいしたころ、「もう沖縄に帰ろう」っていう話になりました。
その米軍基地での演奏の後、「もうこれで終わりだな」って、みんなでステージの機材を片付けていたら、せっせとアンプを運んでくれるおじさんがいたんです。
その人はキングレコードの人だったんだけど、「『リズム&ブルースをやっているスゴイ子どもたちがいる』と聞いて来た。私もあなたたちの演奏が大好きだけれど、実は“ある人”から『頼むから、彼らにもう1回だけチャンスをやってくれないか』と頼まれている」と。
それで「これでダメだったら私もあきらめる。レコード会社を移籍させても、やらせたい」という話になって、フィリップスレコードに移籍することになったんです。
後日、その“ある人”が実はミッキー・カーチスさんだったという話を聞きました。
——「レコード会社を移籍させてでも、何とかしたい」。晃さんたちきょうだいの才能にとことん惚れ込んだ人たちのおかげで、フィンガー5として再デビューが決定したんですね。
晃さんのターニングポイント①
フィンガー5結成前夜。「横田基地で歌っていたとき、お客さんの反応がよくてびっくり! いいものはいい、悪いものは全く聞かない。いい演奏をすればお客さんもノッてきてボクらもうれしいし、これはもうちょっと真剣にやったほうがいいなと思った」
晃さん Profile
あきら●1961年5月9日生まれ。1969年沖縄から上京。1970年兄弟5人“ベイビーブラザース”でデビュー。その後“フィンガー5”に改名。1973年、『個人授業』が爆発的な大ヒットとなり、レコードセールス145万枚突破。『恋のダイヤル6700』『学園天国』と3曲続けて100万枚突破のミリオンセールスを記録し一世を風靡する。その後メンバーの入れ替えやグループの解散等で芸能活動を休止。サラリーマンとして会社勤めの経験を経て2002年より音楽活動を本格的に再開。定期的なライブ活動のほか、TV、ラジオ出演、『夢スター歌謡祭 春・秋』コンサート全国ツアー出演中。
▼次回は再デビュー後、みなさんおなじみのフィンガー5時代のお話をうかがいます。▼
>>フィンガー5の名曲『個人授業』の誕生秘話「コイツ見た目が生意気そう…!?」【晃さんのターニングポイント#2】
撮影/柴田和宣
▼あわせて読みたい▼