「年齢確認すんだよ!」2億回再生の動画でスターダムへ。『虎に翼』にも出演した女優が語る「仕事がなかった30代」【赤間麻里子さんのターニングポイント#1】
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佐藤望美
TikTokで公開されたショートドラマをきっかけに遅咲きのブレイクを果たした女優・赤間麻里子さん。朝ドラをはじめ、活躍の場を大きく広げています。演じることへの情熱、長く続いた下積み中の結婚、子育て、乳がんの闘病、実父との別れまで、赤裸々に語ってくれました。そんな赤間さんのインタビューを全5回お届けします。
PROFILE
あかま まりこ●1970年8月26日生まれ、神奈川県出身。女優。主な出演作にドラマKTV『アンメット』、NHK連続テレビ小説『虎に翼』、TBS『海に眠るダイヤモンド』、映画『わが母の記』『ヘルドッグス』など。クリエイター集団【こねこフィルム】の作品「年齢確認」では、コンビニを舞台に年齢を確認され、妙齢女性をコミカルに演じ多くのファンを魅了、そのシリーズの総再生回数は2億回を超える。映画『うぉっしゅ』が5/2より新宿ピカデリー他全国公開、『仏師』2027年春公開予定。
SNSで2億回再生された大バズリのショートドラマで人生激変
−赤間さんのことをこの縦動画で知った方も多いはずです。バズることは想定していたのでしょうか?
わたしは全然!「バズる」という意味も価値も、何も分かっていませんでした。当時はTikTokのアプリすら、ダウンロードしていなかったんです。でも、街で声をかけられるようになって、「ファンって本当にいるんだ」って嬉しく思いましたね。
−「こねこフィルム」のショートドラマでは、衣装も自前で用意されたそうですね。
衣装だけでなく、企画出しにも参加しています。芝居の世界へはじめて足を踏み入れた「無名塾」時代は、3年間びっちりスタッフ仕事もやっていたんですよ。真っ黒の服を着て、雪駄を履いて。衣装を直したり、先輩の洗濯も全部やってアイロンをかけたり、そういうのが当たり前でした。「こねこフィルム」もある意味、劇団のような感じ。自分たちでアイデアを出し合って、衣装はもちろん小道具も自宅から持っていくこともあります。(この日のゆうゆうtimeの撮影も自前の衣装をご持参してくださいました…感激!)
ミュージカルに憧れてお芝居の世界へ。「無名塾」に入るきっかけは無料だったから!?
−女優になることは、小さい頃からの夢だったのでしょうか。
この世界に入りたいと思ったきっかけはミュージカル映画なんです。「ウエストサイドストーリー」や「雨に唄えば」を繰り返し観ていました。18歳のとき、『シカゴ』というミュージカルに出演していたライザ・ミネリの歌声に衝撃を受けました。NHKホールの来日コンサートも観に行って、人の心にこれほどの感動を与えられるエンターテイメントってすごいなと。ミュージカルナンバーにも素敵なものがたくさんあったので、「私は舞台をやりたい!」と思って高校卒業後はミュージカルの学校に入ったんです。
−その後、仲代達也さんの「無名塾」にはどんな経緯で入られたのでしょうか?
私が20代の頃は歌、踊り、芝居とそれぞれのプロが活躍していたのですが、アメリカやイギリスでは少し違った。歌、踊り、芝居とオールマイティーな才能が必要だということに気づいたんです。そもそも芝居が下手じゃ話にならない。まずは芝居だと。ミュージカルの学校に通うためのお金は親に出してもらっていたし、芝居の学校に行くのはさすがにもう無理だなと思って諦めかけていたところ、オーディション雑誌に「無名塾は無料」だと書いてあるのを見つけて(笑)。仲代さんのことは母ももちろん知っていて、無料でしかも映画俳優に教えてもらえるなら一番いい、とオーディションに申し込んだんです。
同じ劇団の先輩俳優と結婚したのは28歳の時
−塾生として活躍する中、先輩俳優との結婚。何が決め手だったのでしょうか?
8つ離れている今の夫とは、21歳でお付き合いを始めて28歳で結婚しました。決め手というよりも、やはり同じ環境で学んだので話も尽きないし、一緒にいて楽しかったので結婚もごく自然に決まリました。仲代さんは、「お互い役者をやり続ける。そしてお互いを殺し合わないように仕事をしていくならこの結婚を認める」と言ってくださいました。
稽古して飲んで帰ってくる夫が羨ましかった日々
−32歳、35歳、37歳で出産。育児と仕事とのバランスはどのように取っていたのでしょうか?
芝居に出られない、稽古に行けない、映画すら観に行けない。私が何かをやるためには、夫や実親を動かさなきゃいけない。それにストレスを感じていましたね。でも、子どもたちがいるからこそ経験できることがたくさんありましたし、成長を見守れたことも幸せでした。母親としての新しい能力が湧き出てきたり、独身の頃にはなかった感情の芽生えも感じられました。
子どもが小学生の頃くらいまではほぼ仕事はしていなくて、専業主婦のような状態。舞台の話は時々来ていたけれど、夫は芝居をやりながらバイトを掛け持ちして、ほぼ家にいない状態。子どもを任せられる状況ではありませんでした。夫婦2人のときはお互いに舞台に出て、収入の波はあれど何とか食べていくことはできた。でも子どもが生まれてからは常にギリギリの状態。仲代さんの言葉もあって「彼の邪魔をしちゃいけない」と思っていたけれど、収入面もそうだし、ワンオペで育児をしていることに対しても我慢する気持ちはかなり強かったと思います。夫が芝居の稽古に行って飲んで帰ってくると、文句は言わないまでもイライラが顔に出ていたと思います(笑)。
−小さい子を抱えた状態で舞台に出るのは、やっぱり難しいことなのでしょうか。
どんなに短くても2週間は長時間の稽古。本番も合わせると1ヵ月くらいは家事育児ができない状態になると思います。コミュニケーションを取るために飲みに行くこともあるだろうし。私は特に頭がいったん芝居モードになると、ずっと芝居のことを考えているタイプ。でも、それは今できないし、中途半端になるのは私自身もイヤ。子どもが小さいうちは無理に仕事しなくていいと思ってはいたんです。そこの線引きは自分の中できちんとできているんだけど、「確かに今は無理だよね」と夫に言われると少し癪に感じるというか(笑)表現が難しいんですが、犠牲を強いられていると思うほど子育てが苦痛なわけでもなく、それはそれでとても幸せなんです。でも、「まだ夢を描いていていいのかな」「やめるべきなのかな」という葛藤をずっと抱えていた30代でした。
赤間麻里子さんのターニングポイント①
「お互いを殺し合わず、夫婦で役者を続けてほしいという仲代達也さんの言葉。3人の出産、子育てしている間は心に余裕がありませんでしたが、この言葉に支えられて40代の最後のチャレンジに踏み出せました」
撮影/吉田勇生(TRON) ヘア&メイク/阿部美咲(Eulysses) 文/佐藤望美
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