【あんぱん】寛(竹野内豊)、屋村(阿部サダヲ)、嵩にとってはのぶ…いわゆる〝ロス〟がまとめて降りかかってきた
公開日
更新日
田幸和歌子
1日の楽しみは、朝ドラから! 数々のドラマコラム執筆を手がけている、エンタメライター田幸和歌子さんに、NHK連続テレビ小説、通称朝ドラの楽しみ方を毎週、語っていただきます。漫画家のやなせたかしさんと妻の小松暢さんをモデルに、激動の時代を生き抜く夫婦の姿を描く物語「あんぱん」で、より深く、朝ドラの世界へ!
※ネタバレにご注意ください
▼前回はこちら▼
朝ドラ【あんぱん】「人を好きになるのに理由がいりますか?」直球の次郎(中島歩)のセリフが、なぜこんなに沁みるのか寛(竹野内豊)の言葉がどれほど支えになったことだろうか
『チチキトク』
たった5文字であるが、その緊急性、切迫感が詰め込まれた5文字だ。
NHK連続テレビ小説朝ドラ『あんぱん』第9週「絶望の隣は希望」は、東京の藝術学校の卒業制作に取り組む嵩(北村匠海)のもとに届いた、寛(竹野内豊)の危篤の報せで大きくストーリーが動いた。もともとこの卒業制作は、自分の気持ちをうまく伝えられずずっとすれ違ったままの、ヒロイン・のぶ(今田美桜)にあらためて気持ちを伝えるための自分の中での〝きっかけ〟のような位置付けでもあったものだ。嵩は徹夜で卒業制作を仕上げ高知の御免与町へと駆けつけるが、すでに寛はこの世を去っていた。
母の登美子(松嶋菜々子)とともに御免与町にやってきて以来、実の父のように千尋(中沢元紀)とともに広く温かい視線を投げかけ見守り続けてくれた。
「何のために生まれて、何をしながら生きるがか。何がおまんらの幸せで、何をして喜ぶがか」といった、やなせたかし作詞のアニメ『それゆけ!アンパンマン』の主題歌の歌詞をオマージュしたかのような台詞をはじめ、これまで何度となく嵩や千尋、そしてのぶ、家族たちが生きていくための希望、それこそ〝愛と勇気〟を与えてくれるような言葉を、その深みのある低音ボイスで投げかけてくれた。
SNSなどでは「名言製造機」のような扱いを受け、前半の大きな柱となるような存在だった。彼らが成長していく過程の思春期、そして戦時という不安定な環境の中、寛の言葉がどれほど支えになったことだろうか(それは視聴者にとっても同じような存在だったかもしれない)。
そんな寛がいなくなった日常が訪れた。悲しみに包まれる柳井家だが、最も悲しいであろう妻の千代子(戸田菜穂)は強い。悲しみを怒りに変え、生きていこうと強く決意する。その決意のオーラのようなものに弔問に訪れた羽多子(江口のりこ)は、やはりこの世を先に去ってしまった夫・結太郎(加瀬亮)に対して「ずーっと怒っちょるがです」と自分の思いを伝え、怒りと悲しみ混在の献杯をする。悲しみを怒りに変え、そして笑うことで生き続けていくという決意が伝わる屈指の名場面と感じられた。
その妻たちが強く死を受け止めるいっぽうで、やはり嵩はのぶへの思いと同じく「寛ロス」に対してモヤモヤしたままだ。「変な意地を張って、おじさんのこと一度もお父さんて呼べなかった」と涙ながらに悔やむが、そんな嵩に、のぶは黙ってあんぱんを差し出した。
このドラマで、のぶ、朝田家にとって、あんぱんは楽しいときも悲しいときも食べる、「元気100倍」となれる大切なアイテムだ。そのやさしさに触れる嵩だが、自分のモチベーションにしていた卒業制作を仕上げたにも関わらず、ここでものぶへの思いを口にすることができず仕舞いだった。
ずっとモヤモヤし、ゆっくり歩み続ける嵩と対照的に、足の速い「はちきんのおのぶ」の歩みは、寛の名言の中にも「いつか交わる日が来る」というものもあったものの、ずっと離れっぱなしだ。もたもたしている間に、のぶは縁談、次郎(中島歩)の思いを受け入れ、結婚を決意する。東京に帰ろうとするところでのぶと次郎の結婚を知る。嵩にとっては「寛ロス」に続けて「のぶロス」がやってきたような展開だ。
しかし、そこで熱く燃え上がるわけではないのがこのドラマの嵩だ。