【あんぱん】登美子(松嶋菜々子)の渾身の叫び「…生きて帰ってきなさい!」に心ふるえる。戦後80年という節目の年にふさわしい朝ドラ
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田幸和歌子
1日の楽しみは、朝ドラから! 数々のドラマコラム執筆を手がけている、エンタメライター田幸和歌子さんに、NHK連続テレビ小説、通称朝ドラの楽しみ方を毎週、語っていただきます。漫画家のやなせたかしさんと妻の小松暢さんをモデルに、激動の時代を生き抜く夫婦の姿を描く物語「あんぱん」で、より深く、朝ドラの世界へ!
※ネタバレにご注意ください
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【あんぱん】寛(竹野内豊)、屋村(阿部サダヲ)、嵩にとってはのぶ…いわゆる〝ロス〟がまとめて降りかかってきた戦後80年という節目の年の朝ドラにふさわしい
昭和16(1941)年12月8日。日本軍が米国ハワイの真珠湾を攻撃、世に言う太平洋戦争に突入した。
NHK連続テレビ小説『あんぱん』では、これまでにも豪(細田佳央太)の出征と戦死をはじめ、じわじわと世の中が戦時体制に移りゆくさまや、時代の流れによってヒロイン・のぶ(今田美桜)の気持ちも揺れ動きながらも次第に染まっていき〝愛国の鑑〟と呼ばれるような存在となり、嵩(北村匠海)とのすれ違いは溝が埋まらぬまま、次郎(中島歩)と結婚する。
第10週のサブタイトルは、「生きろ」である。簡潔にして伝えたいメッセージが存分に込められた3文字だ。本作の大きな柱となるテーマは、「正義」や「平和」といったものであろう。これまでにも「逆転する正義」として、そのアイデンティティを問う場面が何度となく描かれた。のぶの変質もそのひとつだろう。
そしてそれは自身の戦争体験により強い反戦と平和の思いを強く持ち、『ぼくは戦争は大きらい』というタイトルも著したこともある、『アンパンマン』の作者で嵩のモデルでもあるやなせたかしの思いや願いをのせたものであろう。
作中でことあるごとに戦争に対する強い拒否感を表し続けてきたのが、パン職人の草吉(阿部サダヲ)だ。前週で軍から請け負った乾パンづくりをきっかけに朝田家からそっと姿を消した草吉の過去が、釜次によって明かされていった。
パンづくりを学ぶために渡ったカナダで欧州大戦(第一次世界大戦)に巻き込まれるかたちで日本人義勇軍のひとりとして戦地に飛び込まされることとなった。壮絶な戦場のなかで「一番つらい」と強く感じたこと、それは「腹が減ること」であった。生きるということは、腹を満たさなければならないこと、草吉は、生きるために死んだ仲間の乾パンも泣きながら口にして、生き抜いた。乾パンづくりを強く拒否し続けたのは、そのような体験によるものだった。
おなかをすかせた人に、自らの顔を差し出して食べさせる『アンパンマン』の世界観に通ずるものがあり、『アンパンマン』そしてやなせたかしの世界の根幹をなすものであることをあらためて感じさせられた。
「戦争」ということに対して、おそらくのぶたちにとっての捉え方はまだ実感のないものだったに違いない。豪の出征に際してのそれぞれの反応の違いもそれによるものだ。
戦後80年という大きな節目となる2025年前期の朝ドラにこの作品を放送する意義、理由はまさにそこにある。80年という長い歳月が流れ、戦争体験をはっきりとした記憶としてもつ世代はもはや90代を超える。製作陣、出演者はとっくに戦争を知る世代ではなく、ほどなくして誰も知らない過去の歴史となる。戦後80年のこの年に、朝ドラという国民的コンテンツで戦争と平和について正面から視聴者と一緒に考えていく。そのためにふさわしい題材ということだ。