【あんぱん】登美子(松嶋菜々子)の渾身の叫び「…生きて帰ってきなさい!」に心ふるえる。戦後80年という節目の年にふさわしい朝ドラ
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田幸和歌子
周囲の変化によって、「国民がひとつになって、一日も早く日本が勝つこと」が必要だと生徒に説く〝愛国の鑑〟のぶの心境も複雑な彩りを見せはじめる。夫の次郎にも、戦争が終わったら戦争教育ではない楽しい授業がしたい、そして次郎といろんな国に行ってみたいという本音を語ったりするようになっていた。
それでいて、家族の集合写真を撮るときには「ヤムおんちゃんと豪ちゃんもおってほしかった」と無神経なことを口にしたりするところが戦争というものの捉え方についてまだ揺れ動く部分も感じるリアルな描写だ。
自分の乗る船が軍の輸送船に転じた次郎は、出発間際に日本は勝てないと思うと冷静な分析をするが、それでも〝お国〟を信じるのぶは、「お国のために立派なご奉公を」と送り出す。
別れのカレーはどのような味がしたのだろうか
それこそ争いごとが嫌いで、戦局が進んでも絵に希望を託すかのような生活を続けてきた嵩の周りにもいよいよリアルに戦争の影が強く落ちてくる。親友の健太郎(高橋文哉)に赤紙(召集令状)が届き、福岡に帰ることとなった。玉ねぎが目に染みると泣きながらカレーライスを作り、嵩と一緒に食べる。また会えるかどうか。別れのカレーはどのような味がしたのだろうか。
そして、嵩にもついに赤紙が届く。嵩の心の中にも、「もしかしたら」という思いはあるのだろう。挨拶やお礼の意味も込め、母・登美子(松嶋菜々子)に会うが、軍でうまくやっていけるかどうか悩む嵩に、「そんなの無理に決まってるでしょ」と一蹴した。これはこれで登美子なりの親心ではあるのだろう。最終的に嵩の出征の挨拶の際に、こう登美子は言った。
「逃げ回っていいから。卑怯だと思われてもいい。何をしてもいいから……生きて、生きて帰ってきなさい!」
そこに続けて、のぶも大きな声で叫ぶ。
「必ずもんて(戻って)き! お母さんのために、生きてもんてき!」
サブタイトル「生きろ」そのままである。豪、千尋(中沢元紀)、次郎、健太郎……それぞれさまざまな形で戦争という場に組み込まれていった。すでに豪は「お国のために」命を落とし、それが賞賛されたりもしている違和感は強く印象づけられている。戦争は命を賭するに値しないものである。生き抜くこと、それが最も大切なことだ。だからこそ力強く訴えかけるのだ、「生きろ」と。
この登美子とのぶの叫びは非国民的発言だとして、憲兵に連行されようとするが、そこで嵩は、自分の本心を封じ込め、大きな声で出征の決意を宣言したのだった。正義は逆転する、決してそれが正解だと思わずとも自らの意思で逆転させなければならないことがある。それが「生きる」ということなのだろう。戦争とは、平和とは、そして生きるとはどういうことなのか。この先ますます混迷する戦局とそれに翻弄される登場人物たちの思いが、それを視聴者に伝えてくれる展開が待ち受けている。
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