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【ダウン症の書家・金澤翔子さん】深き海流に重ねる翔子の魂と母の想い

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ゆうゆう編集部

世界各地で個展や公演を開催する、ダウン症の書家 金澤翔子さんが表現する書。翔子さんを世界の舞台で活躍する書家へと導いた、母であり書の師匠である、金澤泰子さんの文。母と子が奏でる、筆とペンの力をじっくりとお楽しみください。

深き想い

「海には、千メートルから一万メートルもの深き所に、二千年の時をかけて地球を一周する海流がある」

私はこの話が好きだ。翔子の人格の底には、知的障害が大きく、深く、横たわっている。世俗の生活圏では軽快な動きで暮らす一方で、知能的には気の遠くなるほど遅々とした歩みをする、その両面の相違の大きさに驚く。

古今東西を問わず、何十万年余りにわたってこの世に生を受けた幾多のダウン症の人達は、皆どの様に生き、どの様に亡くなっていったのだろうか。きっと優しい性格の彼ら自体は、幸せに生きたであろう。素直ゆえに人と暮らすことはうまくできるけれど、知的障害によるハンディは翔子においても消えることなく、その底に深く、延々と続いているのだ。浅き淵でうまく流れようとも、その深き生の真髄に在る如何ともし難い知的障害は、二千年の時をかけて流れる海流の様に翔子にも受け継がれている。

「突然変異は遺伝する」と生物の時間に習った。翔子が子孫を残せば、ダウン症の遺伝子は受け継がれるのかもしれない。人々がこの遺伝子を排除しなければ、そしてダウン症者の家族の方々が協力し合えば、素敵なダウン症民族ができると思う。健常者より一つ多い染色体を持つ翔子は今の社会生活の中では不都合なことも多々あるけれど、この染色体には深い想いの「愛」が詰まっている。彼らがいきいきと生きられれば、素敵な社会ができると思う。この力が、「いつか戦闘の多い今の世界を救う時がくるに違いない」と私は夢想する。

なんとも表現し難いけれど、私は翔子に深い神秘を感じる。世間におくれをとりながらも、それらを嘆きもせずニコニコと輝いて生きている。ダウン症者の知的障害の宿命は、一万メートルもの深きにある海流の様に存在している。彼らの神秘はここに在り、私はそれを深く愛している。ダウン症者の翔子は、心の奥にある強い優しさを言葉で発することがない。それ故に、その裡(うち)に鎮(しず)まる想いも大きいが、この想いは誰にも理解されずにきたことだろう。

翔子はいつもニコニコしているけれど、その心の奥では悲しむ人の想いを受け止め、オロオロしていることが多々ある。うまく表現できない翔子の深い想いと、私の浅はかな想いとの食い違いで翔子は黙り込み、心痛めていることもよくある。説明できないはがゆさから、苦笑いして過ごすことも多い。その出口のない想いが、翔子の書に優れた形となって現れ出ることがある。

金澤泰子 ● かなざわ・やすこ
書家。明治大学卒業。書家の柳田泰雲・泰山に師事し、東京・大田区に「久が原書道教室」を開設。ダウン症の書家・金澤翔子を、世界を舞台に活躍する書家へと導いた母として、書の師匠として、メディア出演や本の執筆、講演会などで幅広く活躍。日本福祉大学客員教授。

金澤翔子 ● かなざわ・しょうこ
東京都出身。書家。5歳から母に師事し、書を始める。伊勢神宮など国内の名だたる寺社や有名美術館の他、世界各地でも個展や公演を開催。NHK大河ドラマ「平清盛」の題字や国連本部でのスピーチなど活動は多岐にわたる。文部科学省スペシャルサポート大使、紺綬褒章受章。昨年12月、大田区久が原に念願の喫茶店をオープンした。 今年は書家デビュー20周年の記念の年となる。

文/金澤泰子 書/金澤翔子

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※この記事は「ゆうゆう」2025年10月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。

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