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岸本葉子さんが選考委員【ゆうゆうエッセイ大賞】受賞作を発表!

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ゆうゆう編集部

【大賞】「60年ぶりにごちそうさま」千村久子さん(埼玉県・69歳)

娘からの、今年六十九才の誕生日プレゼントは、桜の木でできた大振りのお椀と、大胆に亀の甲羅が描かれた有田焼きのご飯茶碗だった。

「お母さんは、パンが好きだけれど、これからは、しっかりとご飯とみそ汁を中心にした食事で、体調管理をしながら長生きをしてね。」

いつもは、洒落た洋服や小物雑貨をくれる娘から、本気で体を気遣う言葉を貰い、びっくりしたと同時にパッと脳裏に蘇ったのは、小学生時代の自分と亡き母との毎朝の朝食時のやりとりであった。

「又、みそ汁を残して。みそ汁は、体に良いのだから全部飲んで学校に行きなさい。」

「だって、みそ汁を飲むと、お腹が一杯になってご飯が食べられないんだもの。」

これは、本当に情けないのだけれど、ほぼ毎日交わされた母との会話だった。

私は、みそ汁があまり好きではなかった。母の作るみそ汁は、季節の野菜を入れたちょっと辛めの仙台みそを使ったものだった。これは母の実家である宮城から、毎年送られてくる手作りのみそであった。母がみそ汁用の野菜を切る包丁の音や、その香りで目覚めるくせに、みそ汁を完食しなかった私。あれから、六十年も経って、娘から小学生時代を見透かされたような指摘を受けて、ぐさっと心に響いた。五十二才という若さで逝った母の魂の声が、娘に乗り移ったような気がした。

桜の木のお椀は、両手でつかむとしっかりと温もりが伝わってくる。このお椀を毎日手にしたくて、あれから真面目に自分の為にみそ汁を作っている。子ども四人を育てている時には、自分は飲まずとも懸命に食卓に並べていたみそ汁。子どもたちが自立してからはほぼ作っていなかった。

六十九才を過ぎてやっとみそ汁が大好きになった。みそ汁は美味しい。仙台みその香りも懐かしい。ああ母に会いたい。白い割烹着姿の母が恋しい。

もしもタイムマシンがあったなら、小学生の頃に戻り、もう一度朝の風景をやり直したい。母の作ってくれたみそ汁を完食するんだ。

「お母さん、ごちそうさま。」

そう言って、空のみそ汁椀を差し出すのだ。小さなわがままの繰り返しが、母に悲しい思いをさせていた。六十年も経って、やっと反省をした。今からでも遅くはない。私は母の分まで体に良いみそ汁を飲み長生きをするのだ。亡き母の思いに気付かせてくれた娘にも感謝しながら。

大賞受賞者コメント

千村久子さん(埼玉県・69歳)

今回このようなよい機会をいただき、どうもありがとうございました。母は、突然逝ってしまったので、この年まで感謝の言葉も伝えずにきて気持ちの整理ができずにおりました。受賞の知らせを聞いて胸のつかえがとれました。母の笑顔が蘇ります。みそ汁は、温かい記憶になりました。

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