介護の世界で大切なのは「建物」よりも「人」。そう気づいて施設の建築を断念し、住宅介護施設の紹介サービスをスタート【笑美面社長・榎並将志さんのターニングポイント#2】
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ゆうゆう編集部
「介護家族にとって、ホーム介護の利用がポジティブに、当たり前になっている状態をつくる」という使命を掲げ、介護施設の紹介サービスをおこなっている「笑美面(えみめん)」代表の榎並将志さん。22歳で家業の不動産会社を継いだのちに現在の会社を立ち上げますが、そこにはどんな想いがあったのでしょう?
介護施設事業ヘの進出のためヘルパー実習を体験
――家業の不動産会社を引き継ぎ、積極的に新しい事業も進めていた榎並社長ですが、その後、どうしてシニアホームに着目するようになったのですか?
当時おこなっていた賃貸マンションを建てて貸し出すという事業は、今後の人口減少と世帯数減少を鑑みるとニーズが減ることは明らかでした。そこで、ポートフォリオ(事業の組み合わせ)の一環として介護施設をつくることを考えたんです。ちょうどサービス付き高齢者向け住宅の制度が始まった2011年前後のことですね。助成金や税金優遇といったあと押しもあった時期で、今後ニーズが高まると見込んだのです。
――当初は建物を建てて運営することを考えていらしたのですね?
はい。専門知識を持つコンサルタントから助言を受けるなど、1年かけて準備を進めていました。さらにお世話になっていた介護業界を知る社長さんから、「応援するけど、介護のことを何も知らないんだったら資格くらい取ったほうがいい」と言われて、ヘルパー2級(当時)の資格も取ることにしました。
――榎並社長ご自身がですか? それはびっくりです
日中は会社の仕事があるので、夜と土日を座学の時間にあてました。勉強しているうちに事業として介護施設を手がけるイメージもふくらんでいったんですよね。ヘルパー2級(当時)の資格には施設実習があって、実際に介護施設へ実習にも行ったんです。ところがそこで「全然あかんな」と思ったんですよ。
介護の世界は「建物」より「人」が大事だと気がついて……
――「全然あかん」とはどういうことだったんでしょう?
自分がやろうとしていることが全然ダメだということです。責任が重すぎると思ったんです。これまで僕は「衣食住」の「住」の部分だけやってきましたが、介護施設には衣食住すべてが含まれている。さらに医療の「医」と介護士さんという“職人”の「職」も加わって「衣医食職住」をカバーしなくてはならない場所だったんです。だから、ハード(建物)をつくってなんぼという事業ではなく、ソフト(人)が重要なのだと思いました。人がいてコミュニティがあって成り立つ、思った以上に奥深い世界だと実感しました。
――介護施設事業はやめることにしたのですか?
はい。それまではいい立地にいい建物を建てて、いい設備をそろえればそれでいいと思っていたのですが、優先すべきものが全然違ったんですよね。これはもうやるべきではないし、絶対に失敗する。そう思って、1年かけて準備を進めていたことを3日で断念しました。
――それはとても勇気のいる決断でしたね。
ただ、思っていた以上に介護施設での実習は楽しかったんですよ。めちゃくちゃ頼りにされて、めちゃくちゃ役立っているという実感が持てたんです。僕、ただの実習生ですよ(笑)。それでも初めて「仕事をする意義」を感じることができました。「こういう仕事しなあかん!」と強く思いました。
――それが「笑美面」の創業につながっていくのですね。事業の中核であるシニアホームのマッチングサービスはどのように生まれたのですか?
僕が断念したのは、シニアホーム(介護施設)は重要であるぶん、むずかしいと思ったからなんですが、むずかしいのはユーザー(入居者)にとっても同じなんじゃないかと思ったんです。介護付き、住宅型、サービス付き高齢者向け住宅、グループホームなど、シニアホームは多様で提供するサービスもさまざまです。賃貸物件には情報サイトや仲介ショップがあって物件探しのプロがいるように、シニアホームにも物件探しのプロが必要なんじゃないかと思いました。当時はまだ関西にはそういう業態の会社がなかったんです。
――シニアホームのマッチングサービスは、どんなプロセスでおこなっているのですか?
お電話やメールでお申し込みをいただいたら、当社の担当コーディネーターがうかがい、「家族会議」を実施させていただきます。対面やオンラインにて、現在の状況やご希望を細かく聞き取らせていただき、ご予算、将来的な介護度や医療予測、生活習慣などを考慮して、当社と提携している約1万件のシニアホームの中から、ご本人やご家族に納得いただけるシニアホームを無料でご紹介します。
さらに、候補になったシニアホームの見学の予定を調整したり、入居にともなう手続きのサポートもおこなっています。
シニアホームの「入れない」「高い」という誤解を解きたい
――シニアホームのマッチングサービスによって、「介護家族にとってホーム介護の利用がポジティブで当たり前」という状態をつくりたいと考えていらっしゃるのですね?
そのとおりです。僕はこのマッチングサービスによってシニアホームへの“誤解”を解きたいと思っています。今、多くの人がシニアホームには待機者が多くて入れないという印象をお持ちだと思います。でもそれは費用の安い公的施設の特養(特別養護老人ホーム)に限ったことなんですよ。ある程度の都市部では、民間のシニアホームはキャンペーンを打つなどして入居者獲得競争をしています。じつはこちらは選ぶ側なんです。そう聞くと少し安心しませんか?
――確かにそうですね。高齢の親や将来の自分の住まいについて漠然とした不安を持っている人は多そうです。
僕はシニアホームのマッチングサービスで、その安心を届けたいと思っているんです。さらに、費用が「高い」という誤解も解きたいと思っています。東京の23区内でなければ、基礎年金(国民年金)だけの受給の方でも入れる施設はあるんです。
これらの誤解を解いて、その人に合ったシニアホームに入ってもらうことで、入居者の家族の負担を減らし、「心の介護」に専念してもらいたいと思っています。「心の介護」とは、頻繁に会いに来て話し相手になるとか、孫の顔を見せるとか、一緒に小旅行や外食を楽しむといった、家族にしかできないことです。それによって当社のビジョン「高齢者が笑顔でいる未来を堅守する」が実現できると確信しています。
笑美面社長・榎並将志さんのターニングポイント②
「資格取得のための実習で介護施設の重要性を目の当たりに。シニアホームに特化した物件探しのプロが必要と考え、シニアホームのマッチングサービスを提供する会社を創業しました」
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榎並将志さん
えなみまさし●1984年年大阪府生まれ。祖父が興した不動産会社を22歳のときに父から引き継ぐ。2010年に介護施設事業への参入を検討し「笑美面」の前身となる会社を創業。2012年に「笑美面」へ社名変更し、高齢者とシニアホームのマッチング事業をスタートさせる。2016年に東京オフィス、2017年に福岡オフォスを開業するなど各地に拠点を広げ、2023年には東証グロース市場への上場を果たす。プライベートでは4児の父。
株式会社 笑美面 https://emimen.co.jp/
*毎週1回、さまざまな入居エピソードを紹介しています
https://emimen.co.jp/media/
撮影/柴田和宣(主婦の友社) イラスト/ピクスタ 構成・文/志賀朝子
