「父親は子どもの友だちを3人言える?」上野千鶴子が問う“育児のジェンダーギャップ”と、もう我慢しないヒント
人と同じでなくていい——その「違い」を力に変え、人生を切り拓いてきた女性たちがいます。華やかな経歴の裏には、誰にも見えない葛藤と、「ガラスの天井」を越えてきた確かな歩みがありました。医師・鎌田實さんが、女性ゲストの人生をあたたかく、軽やかにひもとく新刊『女の“変さ値”』(潮出版社刊)。前回に引き続き、上野千鶴子さんへのインタビューの一部をご紹介します。
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>>【意外なデビュー秘話】上野千鶴子は公募23回落ちてもなぜ折れない?「ガラスの天井」を越える生き方のコツ
上野さんは、2019年の東京大学学部入学式の祝辞で、日本の性差別について言及し、男女問わず幅広い世代に大きな反響を呼んだ。祝辞の中では、次のようなことが語られている。
「フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいたいとか、弱者が強者になりたいという思想ではありません。フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です」
「弱者が弱者のままで」の背景にある考え方
上野さんにこの言葉の意味について単刀直入に聞いてみた。
「男女雇用機会均等法が施行された当時の若い女性は、男性と同じように働くことが是(ぜ)とされ、女性活躍という言葉のもとに社会でリーダーシップを発揮することが求められていました。アメリカのフェミニズムにもそういうところがあるんです。男にできることは女にもできる。男にはできないことも女にはできる。すなわち妊娠と出産だ――といった風潮です。
私はずっと、男性と同じように女性が生きることが男女平等であるという考え方に疑問を持っていました。なぜなら、私は男になりたいなんてこれっぽっちも思ったことがないからです」
さすが上野さんだ。ちなみに、「弱者が弱者のままで」という考え方の背景には、沖縄研究や障害者運動の影響があったという。
「沖縄研究をやっている野村浩也(のむらこうや)さんという沖縄生まれの社会学者がいます。彼は、自分たちは沖縄人で、日本人になりたいわけではないと言っています。日本人になるというのは強者・支配者・差別者になることだと。この考え方が私にとても響きました。
障害者運動については、障害者の生きづらさを本人の責任とする『医療モデル』と、社会の責任とする『社会モデル』という対抗概念があります。
例えば、車いす利用者が移動できない理由を、足が不自由だからと考えるのが『医療モデル』であり、移動手段を整えていない社会の側に原因があると考えるのが『社会モデル』です。
女性学が興(おこ)る前には、婦人問題という研究分野がありました。この婦人問題は、女性であることを原因とする『医療モデル』と同じ考え方です。
一方で私たちの女性学は、社会の側に原因があるとする『社会モデル』と同じ考え方です。この変化は大きかった。女性は本来弱者なのではなく、社会によって弱者にされているのだと。障害があることや女性であることで差別される謂(いわ)れはない。こうした考え方を、『弱者が弱者のままで』という言葉で表現しました」
Profile 上野千鶴子さん
うえの・ちづこ●社会学者
1948年富山県生まれ。京都大学大学院社会学博士課程修了。東京大学名誉教授・認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。女性学、ジェンダー研究のパイオニアとして活躍。高齢者の介護とケアも研究テーマとしている。著書に『おひとりさまの老後』(文春文庫)など多数。
