【泉ピン子さん・78歳】夫の先祖の墓には入りません。死んでまで“渡る世間は鬼ばかり”は勘弁よ
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ゆうゆう編集部
朗読劇で、終活を始めた75歳の母を演じる泉ピン子さん。5年前に恩師、橋田壽賀子さんを見送り、自身の“しまい支度”にも思いを巡らせます。お墓を建て、身辺整理に着手しつつも、今を楽しまなきゃと“推し活”に励む。皮肉と笑いの奥に人情がにじむピン子節をお届けします!
Profile
泉ピン子さん 俳優
いずみ・ぴんこ●1947年東京都生まれ。
18歳で歌謡漫談家としてデビュー。
75年『テレビ三面記事 ウィークエンダー』でリポーターを務め注目され、その後俳優として活躍。
NHK連続テレビ小説『おしん』や、ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』など橋田壽賀子作品には欠かせない存在に。
2019年に旭日小綬章受章。
近著に『終活やーめた。』(講談社)。
60代から熱海で暮らし、週末婚を実践。
自分の墓はすでに建て、終活は終わったも同然
4月から東京を皮切りに各地で上演される声舞劇『終活を始めた途端、55歳の息子が帰ってきました』に出演する泉ピン子さん。
声舞劇とは、“声を駆使して、舞うようにストーリーを展開する”朗読劇のこと。この作品で、ピン子さんは、終活を始めた75歳の母を演じる。ピン子さん自身も、70代にさしかかった頃から終活を意識し始めたと話す。
「70を過ぎたら、いつ死ぬかわかんないからね。私は6年前に、自分のお墓を建てました。だって夫の先祖が眠る九州の墓に入るのはイヤだもん、墓の中のご先祖たちに『初めまして。武本(本名)の嫁でございます』なんてペコペコ挨拶するのは(笑)。あの世までも“渡る世間は鬼ばかり”は勘弁よ」
のっけからクスッと笑いを誘う軽妙なピン子節が炸裂。
「私と夫が入るお墓は、熱海の自宅から車で10分ほどの霊園にあります。墓石をピンクにしたくて、希少な薄いピンクの御影石を取り寄せてもらったんです。墓石には夫の直筆の文字を堀った『ありがとう 武本』と。私が死んだら武本の名でお墓に入ることになるでしょ。泉ピン子の名を残したくて、墓石のサイドに『泉ピン子 建之』と入れてもらいました」
闇雲に手放すのはやめた。価値のわかる人に譲る
ピン子さんが東京から熱海に移り住んだのは約15年前。脚本家、橋田壽賀子さんに「こっちに越しといでよ」と誘われたのがきっかけだった。周知のとおり、ピン子さんは橋田ドラマの常連女優。私生活でも二人は「ママ」「ピン子」と呼び合う親子のような関係だった。2021年に橋田さんを看取ったピン子さんは、自身の身辺整理を考えるようになったという。
「私は昔、ブランド好きで有名だったでしょ(笑)。クローゼットの中に一度も袖を通していないエルメスのロングコートとか、ブランド物がいっぱい眠っているの。年とって背が3センチも縮んだから、コートの裾が床についちゃって。着られないから、親しい後輩の女優さんにサイズや好みが合うものを譲ったりしました」
とはいえ膨大な量。なかなか減らない。そこで、テレビ番組の取材に応じ、「手放すことを考えています」とクローゼットの中を公開したところ、思わぬ反響が。
「バーキンや宝石を『譲ってください』という手紙がバンバン届いたのよ。『それを売って借金返したい』だって。ふざけんな! 私が汗水垂らして働いたお金で買った思い出の品を、なんで見ず知らずの人にあげなきゃいけないのよ。そういう人間のあさましさに辟易して、終活はやめにしました」
