記事ランキング マンガ 連載・特集

【山田雅人さん】が語る8年間の母の介護「認知症の母は“かわいくない赤ちゃん”そう思えたらラクになった」

公開日

更新日

依田邦代

8年間介護した母親を約2年前に亡くした山田雅人さん。認知症の母と過ごしたことで、知らなかった世界が見えたそうです。「あと何回、母を笑わせることができるか」にチャレンジした、明るい介護の秘訣を聞きました。

【山田雅人さん】が語る8年間の母の介護「認知症の母は“かわいくない赤ちゃん”そう思えたらラクになった」(画像2)

介護はたくさん笑ったもん勝ち

Profile
山田雅人さん タレント、話芸家

やまだ・まさと●タレント、話芸家。1983年に芸能界デビュー。テレビやラジオで幅広く活躍。スポーツ選手などの伝記を徹底した取材と独自の語り口で組み立てるひとり舞台「かたり」をライフワークとし、定期的に公演している。

まさか認知症とは……。母の変化に気づかなかった

「2013年に父が亡くなり、母は一人で暮らしていました。夫に先立たれた女性は、友達と旅行やランチに行って元気になるものだと思い込んでいた僕は、特に心配していませんでした。大阪の実家へは、年に数回帰っていましたが、母の変化に気づかなかった」

あるとき実家の冷蔵庫にプリンが20個入っていた。またあるときは、アイスクリームが大量に。山田さんは「同じものばかり買ったらあかんで」と叱ったが、同様のことが繰り返された。

母の異変に気づかせてくれたのは妻。父が亡くなった約3年後、一緒に大阪に行った妻が「お母さんの様子おかしいよ。認知症かも」と言った。

「僕は認知症のことをよく知らず、母の変化と認知症が結びつきませんでした。思い返せば、たびたび定期券や鍵をなくし、兆候はあったんです」

そうこうするうちに、片づけやゴミ出しができなくなり、部屋がどんどん汚れていった。部屋に異臭が漂い、引き出しから汚れた尿もれパッドが何枚も出てきた。さすがにこれは尋常ではないと病院に連れて行った。要介護2の認定が下りた。

「母は入浴を嫌がるようになりました。お尻がただれるので、デイサービスを探して、お風呂に入れてもらうことにしたのですが、すぐに帰ってきてしまう。預けられることになじめなかったのです。気に入る所が見つかるまで10カ所以上探しました」

結局は介護してくれる人との相性だった。

「介護される人は介護する人を選びます。好きな人がいるとお風呂にも入りました」

優しくて朗らかで料理好きな母だった

「僕がすでに仕事を始めていた、20歳頃の写真です」。40代だったお母さんと大阪の実家の車の前で。

画面トップへ移動