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【山田雅人さん】が語る8年間の母の介護「認知症の母は“かわいくない赤ちゃん”そう思えたらラクになった」

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依田邦代

イライラ、叱る、は逆効果。不可解な行動のわけは?

初め、妻に母の介護を任せていた山田さん。しかし、「後で悔いが残らないように自分でやったほうがいい」と言われた。

「妻は若い時に両親を亡くしているので、自分の体験からそう助言してくれたんです」

その頃、毎週火曜日に大阪でレギュラーのラジオ番組が決まり、デイサービスやショートステイを利用しながら、月~水曜を実家で過ごすことにした。

東京と大阪を行き来する遠距離介護が始まった。

「母は足腰が丈夫で、よく外を歩き回っていました。あるとき、認知症の人が登場する映画を観た僕は、徘徊はやみくもに歩いているわけではないと知りました。そこで、母の後をついて行ってみると、昔、よく買い物をした商店街に毎日、行っていたのです。それは家族のために一生懸命、食事を作っていた頃の買い物コース。頭の中で母はその時代を生きていたんです。家族の世話や家事が生きがいの人でした。子どもが巣立ち、夫を亡くし、一人で大丈夫な人もいるけれど、母はそうではなかった。母のさびしさにもっと早く気づけばよかった……。『介護してあげる』という気持ちが感謝に変わった瞬間です」

冷蔵庫のプリン事件も理由が判明した。

「実は母はプリンやアイスクリームなどが大好きだったんです。でも、昔は家が貧しくて我慢していたんですね。認知症になってからは、お店で見つけると買ってきて、それを忘れてまた買って、を繰り返し、大変なことになっていた。デイサービスでも、お弁当は食べなくても、どら焼きは完食だったそうです(笑)。初めて知る親の姿でした」

家で一人より外にいるほうがさびしくない

「徘徊の途中、母は神社のベンチに長い時間腰掛けていました。東京に行った僕の帰りを待っていたのかもしれません」

ときには役者になって小芝居を打つ

「どんなときも叱ってはいけない、とデイサービスのスタッフに教わりました。叱られると心を閉ざしてしまうんです」

最初の頃、おむつを替えるのも必死で、叱ることもたびたびあった。

「でも、『認知症の人は3歳児と同じ』と聞いたとき、『自分もその頃、おむつを替えてもらっていた。今度は自分がお返しする番だ』と気づいたんです。それからは、お尻がかぶれないようにとか、うんちが出てすっきりしてよかった、と思えるようになりました」

おむつ替えの前は、「さぁ、おむつ替えようなぁ。替えると気持ちええよー」と声をかけ、「こんなにいっぱいおしっこが出たよー、うれしいわぁ、重いわぁ」と。

「まるで体操のお兄さんです(笑)」

この頃、山田さんには大きな心境の変化があった。

「僕は母を赤ちゃんだと思うことにしたんです。見た目はかわいくないけど(笑)いとおしい。そう思えば、大変なことも心の中で笑える」

認知症が進むとお母さんは飲み込み方を忘れ、うまく飲み込めなくなった。

「でも、自分が小さいときにしてもらったように、ごはんをスプーンにのせて『飛行機ブーン』とすると口をあきました」

入浴をイヤがるときは小芝居を打った。

「デイサービスの浴室に僕が10分くらい隠れて、髪を濡らして出て、『イヤーお母ちゃん、ここのお風呂、温泉みたいに気持ちええわ。お母ちゃんも入り』と言う。演技の勉強のつもりで」

徘徊しても叱らない。

「母の靴にGPSをつけて、居場所を追跡しました。そして、迎えに行くときは偶然を装う。バス停のベンチに母が座っていたら、『わぁ、こんなとこで会う? うれしいわぁ会えて。一緒に帰ろか?』と。すると素直に帰ってくれましたよ」

後編に続く

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撮影/神ノ川智早 取材・文/依田邦代

※この記事は「ゆうゆう」2026年4月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。

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