【エッセイスト広瀬裕子さん・61歳】120㎡から45㎡・1LDKへのダウンサイジングで、本当に必要なモノ、好きなモノだけの暮らし
東京、葉山、鎌倉、瀬戸内……。実家を出て一人暮らしを始めてから、10回以上の引っ越しを経験してきたエッセイストの広瀬裕子さん。その間に結婚と離婚も経て、3年前に愛猫と共に東京に戻ってきました。住居の大幅ダウンサイジングと親の介護施設入所などをきっかけに、身の回りのモノの量の見直しを始め、試行錯誤しながら行きついた現在の状況は?
Profile
広瀬裕子さん
ひろせ・ゆうこ●1965年東京都生まれ。エッセイスト、空間デザイン・ディレクター。東京、葉山、鎌倉、瀬戸内での暮らしを経て、2023年より再び東京へ。瀬戸内時代の1/3の広さの都心の賃貸マンションに愛猫「あめ」と暮らす。『60歳からあたらしい私』(扶桑社)、『55歳、大人のまんなか』(PHP研究所)ほか、著書多数。最新刊は『50代からのグレイヘア』(PHP研究所)。
大きな家具を思い切って手放した理由
両親を見送り、数年かけて実家じまいを終えた広瀬さん。自身が身の回りのモノを減らしているのは、このとき体験した片づけの大変さが影響しているという。
「50年近く前に建った広い一軒家でした。父が施設に入って空き家になったため、実家じまいを前提に片づけを始めました。一見、片づいて見える家でしたが、たっぷりあった収納に使っていないモノがぎっしり詰まっていました」
結果的に片づけに3年を要した。最初はひとつひとつ思い出をたぐりながら自分で手放していたが、それではいつまでたっても終わらない、と最後は業者の手を借りた。
「そうした体験から、自分は使うモノ、思いがあるモノだけで暮らしていこうと思うようになりました。いつか誰かが引き継いだり片づけたりするときに、モノの多さにわずらわせたくないからです」
3年前、生まれ育った東京に20年ぶりに戻ってきた広瀬さん。
「以前の瀬戸内の住まいは120㎡ありましたが、東京のマンションは約45㎡の1LDK。約1/3のダウンサイジングです。食器や道具などの多くを整理し、家具は前の家で使っていたソファ、寝台、テーブル、チェストなどを運び入れました。新居にきちんと収まったので、しばらくそれで暮らしていました」
ところがその後、体調を崩したときに感じた違和感があった。
「元気なときは問題なくても、体が弱るとよろけて家具にぶつかったりするんです。多すぎるモノをよけながら動くのは危険だと感じました」
「住まいは弱っているときに合わせたほうがいい」と考えた広瀬さんは、3人掛けのソファ、寝台、テーブル、チェストなどの大きな家具を手放すことに。使いたいと言ってくれた人に全部、譲ることにした。
「すでに50代半ばでベッドは手放していました。ひとり暮らしの私は、今後、大きなベッドを移動したり、処分したりすることが大変になると思い、布団生活に切り替えていたのです。そして、高さを出すために布団を敷く寝台をつくってもらいました。でも、小さな家ではそれがかなりのスペースをとっていて、体調を崩したとき、移動の障害になったため、手放すことに決めました」
今は布団を作りつけのクローゼットにしまい、毎晩、出して敷いている。
「もっと年を重ねたらベッドがないとつらいかもしれませんが、そうなったら買えばいいと思っています。今後、変化する可能性も含めて、今は何が自分にとって心地いいのかを実験しているところです」
